有名になりたい、彼はそう言ってこの町を出ていった。
あれから五年。
今や、テレビで彼の顔を見ない日はないほどの超売れっ子となった。
そしてある日、自宅マンションで一人、自殺未遂を起こしたのだった。
深夜、電話が鳴る。
「よう、久し振り。どうだ、最近は」
あの頃と変わらない話し方。ずっと友達だったかのように。
「こっちは特に変わらないよ。大変そうなのはそっちだろ」
「ああ、騒いでんのは周りだけだけどな。俺はいつもと変わらない」
「お騒がせ過ぎるんだよ。今日もワイドショーが取り上げてたぞ」
「他にネタがないんだろ。他人の不幸は蜜の味ってな」
「美味しいネタくれてやんなよ。プライベート無くなんぞ」
「もともとねえよ、そんなもん」
念願叶って有名人。
だが、様々な代償も払ったはずだ。
見たくないものを見て、したくないことをしてきたかもしれない。
彼は何も言わないから、こちらからも聞かない。
「ところでさ、俺の話、どこまで聞いてんの?」
「話って…リストカットした話?」
「ハッキリ言うなって。思い出したくないんだから」
「思い出したくないようなことすんなよ」
「週刊誌くらい読んでんだろ?どんなこと書いてある?」
「さあ…ほとんど読んでない」
「お前…俺のこと気になんないのかよ。親友だろ」
「親友だったら、手首切る前に相談しろよ」
「…ごもっとも」
親友だったはずだ。
何か企む時はいつも一緒だった。
なのに、彼は一人勝手に東京行きを決めて、この町を出ていった。
俺も「行かないでくれ」とは言わなかったが、心のどこかで思いとどまることを願ってた。
…あの頃は。
「お前は成功したんだからさ、今さら泣き言言うなよ」
「泣き言なんか言ってないって。ただ、皆がどう見てるか気になってさ」
「だから、そんなの気にすんなって」
「あのさ、一歩外に出たら、誰もが俺のこと知ってんだぜ。俺が死のうとしたことも。気にせずにいられると思うか?」
「それも覚悟の上だろ。この町を捨てた時から」
「…捨てたとか言うなよ。そこは俺の故郷だぜ」
「じゃあ、帰ってくるか?そっちの全部捨てて」
「さっきから何怒ってんだよ。こんな時間に、迷惑だったか?」
「時間はどうでもいいよ。直接会って話せよ」
「…会ってくれんのか?」
「死ぬほどツライことがあったんならな。お前が普通の人間だってことを知ってる奴が必要だろ?」
画面越しじゃないお前に会えば、あの頃の二人が蘇る。
あの頃の二人なら、死を選ぶほどお前を苦しませたりしない。
一緒に悩んでやる奴が一人いれば、俺達は何だって乗り越えられる。
だから、もうどこへも行かないで欲しい。
俺の心だけ置き去りにして、一人離れていかないで欲しい。
「じゃあ、明日朝一番で帰るわ」
「本気かよ」
「本気だよ。俺を救ってくれる奴がいるんだから、帰るしかないだろ」
「明日の仕事は?」
「映画の撮影。明日から始まるんだけど、すっぽかすよ」
「映画?タイトルは?」
「さあ…何だったかな。くだらないラブコメだよ、どーせ」
「ラブコメ?お前が?」
「あんなことして、そんなもん出てる場合じゃないっつーのにな。マネージャーがアホなんだよ、まったく」
「…それ、観たいよ。お前のラブコメ。ちゃんと撮り終えてから帰って来いよ」
「なんでだよ。なんでそーなるんだよ」
「ずっと待ってるからさ。スクリーンで笑うお前の顔、見せてくれよ」
「えぇ…んー、まあいいけど」
心変わりは突然に。
たぶん、あいつが笑っていてくれれば、それでいいんだ。
もう、あの頃の俺達とは違う。
絆が薄れた訳でもなく、親友でなくなった訳でもない。
だけど、それぞれの道を歩き出して、望まずとも大人になっていく俺達は、離れて暮らすことも当たり前に受け入れなければならないんだろう。
あの頃の思い出はそのままに、俺達はつながっている。
だからもう、「行かないで」とは言わない。
「撮影、頑張れよ」
俺は電話を切った。
10/24/2024, 1:40:57 PM