望月

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《奇跡をもう一度》

 魔法学園の入学式が執り行われる日。
 新入生達は、開かれた正門の前で立ち尽くしていた。
 魔法学園の入学試験は、全部で三つある。
 一つが筆記、一つが身体能力と機転を測る実技、最後の一つが——
「迷路を抜け、講堂へ辿り着いた者のみに入学資格を与える」
 というものだった。
 魔法によってか、肥大化した植物が覆う講堂へ続く道が視界を塞ぐ中で、声は頭の中で厳かに響いた。
 物理無効の魔法によってのみ破壊可能な、自己再生能力を持つ魔法植物による迷路。それを通って辿り着くには、当然魔法が必要不可欠となる。
 入学前に魔法を会得している者は全体の一割にも満たない。だのに、最後にして最難関の試験において魔法が必要。
 新入生らにとって、これは不可能を与えられただけに過ぎないやもしれぬ。ただ、決して魔道への道を閉ざすべく存在する試験ではないのだ。であれば、攻略法は存在する。
 つと、一人の少年の前に魔法陣が生じたかと思うと、そこから膝をついた青年が現れた。
「——シュルツ王子殿下。是非、貴方の前に道を拓くことをお許し願いたい」
 魔法学園の三年生の一人。学年首席を入学時から維持し続けている秀才にして、時期公爵の地位を約束された公爵子息だ。
「ああ。私からも願おう。頼めるか」
「お望みとあらば」
 鷹揚に頷いた少年——シュルツに応えた彼は、道を塞ぐ魔法植物へと杖を向けた。
「【切り払われよ】」
 たった一言、詠唱によって導かれた魔法陣が展開され植物の根を切断する。
 そうして彼らが通った後に、すぐ、植物は元の通りに再生した。
 つまるところこれは、ただの演出である。
 王族という最初から入学資格を持つ者を用いた、その他の新入生らに攻略法を示すだけの。
「……わ、私の為にどなたか道を拓いて下さらない!?」
「——ええ、構いませんよ、リノア侯爵令嬢」
「気合いで行けないのか、これ!」
「——豪快ね。助けてあげるから突っ込まないの」
「俺……帰っていい……?」
「——はいそこ、諦めない。というか帰るな将来有望なんだから君ぃ」
 家柄、工夫や能力……様々な観点で評価を受けた新入生達の元に魔法学園の三年生らは姿を現した。
 魔法学園の三年生らが投影魔法で審査しており、彼らが気に入った新入生を指名して、それを受けた教員が転送するという仕組み。
 早い者勝ちの面接のようなもの、というのがこの試験の実際だった。
 一人またひとりと三年生に連れられ、迷路の中へと入っていく。
 少しでも自力で進もうと模索する者もいるが、そういった手合いにはすぐに助けがくる。工夫を凝らそうという姿勢が評価されるのは、当然のことだろう。
「あ……どっ、どうしたら……」
 そんな中、未だ事態を呑み込め切れていない少女が一人立ち尽くしていた。が、優れた能力者ではないと自覚していた彼女は埒が明かないとして、迷路へ足を踏み入れる。
 右を見ても左を見ても見たことのない植物が目に映るばかりで、少女は訳もわからず駆けていた。気ばかりが急いてしまうのだ。
 また行き止まりになって、一度少女は足を止めた。
「と、取り敢えず……どなたか聞こえませんか? 助けて下さい……!」
 辺りを見回し誰もいないことを確認したかと思うと、少女は空白に向かって声を投げる。
「お願いします、どうしてもこの学園に入学したいんです! ……なんて、言っても聞こえてないか」
 声を萎めて少女が肩を落とすと同時に、
「な」
 景色が一変した。
 植物に囲まれてていた筈が、いつの間にか正面には人がいる。魔法学園の制服を着た女性だ。その人は椅子に座っていて、その前に置かれたテーブルには、受付、とあった。
 突然現れた少女に女性は驚いて声を上げた。
 だが、状況についていけない少女の耳にそれは入らない。
「…………へ? ここ、なんで……私、」
「お、おめでとうございます!」
「あっ、え? ありがとう、ございます……?」
 務めて冷静になろうとした女性の圧に押されて、少女は感謝を言った。だがやはりなにに対してなのかすらわかっていない。
「……正式にご入学されました。どうぞ、扉を進んで空いている席に着席して下さい。試験終了までは待機時間とします。私語は自由です」
「は、はい……」
 女性に促されるまま、少女の三倍はありそうな高さの両開きの扉を開ける。見た目よりも遥かに軽いのも、魔法かなにかか。
 その向こうにあったのは、半分ほどの席の埋まってある講堂だった。
 迷路の先にある講堂とは、ここのことではないかと少女は気付く。遅いが、それでも咀嚼してでなければ理解できない急展開であった。
「え、ええっ? つまり……どなたかが私をあそこまで転送してくれたってこと……?」
 先程かけられた言葉も反芻した結果だ。
 少女の記憶にも、そして今周囲にも上級生らしき人物は見当たらないがそういうことなのだろう。魔法についてよく知らないが、だからこそ、そういうものかと納得する。
「……今ご覧になっていらっしゃるかはわからないですけど、助けて下さってありがとうございます!」
 見えているか、見えていないかわからないが少女は礼を言った。
 なにはともあれ、最終試験に合格できたことは感謝すべきだろう。
 そうして、少女の奇跡は一度起こった。

——あれから一年経っても、少女を助けた人物はわかっていない。
 それでも少女は、当時三年生だった上級生らを片端から当たって恩人を探し続けている。
 願わくば、恩人に会いたいと。
「お願いします、どうか、奇跡をもう一度」
 今度は少女の手で奇跡を掴もうと足掻いている。

10/3/2024, 10:14:39 AM