すべて物語のつもりです

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 さよならを言う前に、もっと他に言わなければいけないことがあった気がする。言い忘れていたことがたくさんあったようにも思える。何だったっけ。
 ありがとう、こめんなさい、大好きだよ、とか。
 今なら照れ臭いことも言えてしまう気がするのに、口がまともに動いてくれない。
 ああ、泣かないで、って言いたいなあ。手を動かして、頬に伝うその涙を拭ってあげられたらなあ。
 震えた手が、動かなくなったわたしの手に触れる。温もりがとても優しくて気持ちがよくて、身体に残ったわずかな力も浄化されていくような、そんな気になる。
「死なないで。」
 泣いている。お母さんが泣いている。わたしを愛してくれたお母さんが泣いている。
 最後の力をさよならの四文字に込めるのは間違いだったかもしれない。
 お母さんが泣いているのに、わたしは何もできないまま、瞼を下ろした。

8/20/2023, 10:58:22 AM