かたいなか

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「去年は『不安だった私へ。何事も問題ありません。万事良い方向へ進み終わりました』だった」
昨日の俺へ。明日へ後回しにせず、お題配信直後から書き始めなさい。一旦寝ても起きても全然ネタが浮かびません。某所在住物書きはため息を吐き、一向に進まぬ、今回の投稿分の文章を眺めた。

「『不安だったけどハッピーエンドで終わったよ!』なんてお約束、多分遭遇したことねぇけどな」
ガチでそろそろ、お題無視の投稿かお題パスでお休みあたり、考えたほうが良いかな。
ガリガリ。物書きは今日も頭をかき、天井を見る。

――――――

ウチの職場に、私の先輩の元恋人さんが来た。
「附子山、さん……?」
「はいはい!俺、附子山だよ〜!」
来た理由が酷い恋愛沙汰だし、その酷い恋愛沙汰に対する同僚さんのイタズラが規格外。
同僚さんは名前を付烏月、ツウキっていうけど、この付烏月さんが先輩の友人さん。
先輩は元々、附子山って珍しい名字で、執着強火な元恋人から離れるために、「藤森」に改姓した。

藤森先輩の元恋人さん、加元は、
自分のところから勝手に消えた「附子山」を追って私達の職場に就職してきて、
とうとう、「附子山を名乗る従業員」の勤務先をつきとめて、今日、満を持して突撃してきたのだ。

付烏月さんは「旧姓附子山」を自称した。
執着強火の加元さんが名前に食いついて、ウチの支店に突撃してくることを見越して。
結果付烏月さんの目論見通り、加元が釣れた。

「違う、附子山さんじゃない!誰?!」
「違うって言われても、俺附子山だよ、加元さん」
「なんで僕の名前、」
「ぜーんぶ知ってるよ。加元さんが恋人厳選厨で理想押し付け厨なことも、恋人のアレやコレをディスって鍵無し裏垢で投稿しまくってたことも」

わぁ。なんですか。どなたですか。 何も知らない新卒ちゃんは、ポカン顔で加元を見つめてる。
支店長なんか、口を押さえて腹抱えて、肩がちょっと震えてる。吹き出すのも時間の問題だ。
私は、全部、「全部」知ってるから、
ひとまず、加元にバレないように新卒ちゃんを奥の別室に退避させて、静かに両肩に両手を置き、
「今日は早めに帰りな。多分これから、修羅場」

――『本当に、私の初恋のひとが、とんだ迷惑を』
加元が探してた「本物」の方の「旧姓附子山」さん、つまり私の先輩に電話して、状況を伝えると、
先輩はすごく申し訳無さそうに、私に謝ってきた。
『9年前、加元さんから離れたあの頃の私へ戻れるなら、こうならないよう全部清算して別れたのに』

ぎゃーぎゃー、ぴゃーぴゃー。 壁ひとつ隔てた先で、加元が怒鳴ったり、付烏月さんが煽ったり。
それは声を聞くかぎり、完全に修羅場だった。
偽物の自称旧姓附子山さんと加元が出会ったからこうなってしまったのか、
本物の旧姓附子山さんと加元が出会わなかったから、この程度の騒動で済んでるのか。
私には、分からなかった。

「しゃーないよ。相手と運が悪かったんだよ」
『しかしだな』
「そもそも、先輩は被害者の方でしょ?加元にあーだこーだポスられて、それで心が傷ついて」
『まぁ、それは、そうだが』
「で、去年『もう愛してない』って加元に伝えたのに、まだ加元がつきまとって来るから、先輩の友人の付烏月さんが面白がってこうなった」
『反論はしない』

「しゃーない。ハイ。りぴーとあふたーみぃ」
『いや、仕方無くは、うーん……』
「りぴーと、あふたー、みぃ。 しゃーない」

それでも申し訳無いと思うんなら、菓子折りのひとつでも後日、持ってくれば良いよ。
そう言って通話を終えて、いつの間にか静かになった壁の向こうに戻ると、加元は消えてて、
付烏月さんと支店長はすごく晴れやかな顔して、ハイタッチ、握手、爆笑。

「加元さん、今月いっぱいでウチ辞めるってさ」
付烏月さんがボイスレコーダー片手に、言った。
「い〜っぱい誤解して、い〜っぱい勘違いして、盛大に誤爆して自爆してったよん」
何がどうなって、そうなって、こうなったのか、新卒ちゃんと一緒に店の奥に引っ込んでた私には、最後までサッパリ分からないまま。
修羅場発生前のあの頃の私へ戻れるなら、隠しカメラか何かでも設置したい。

先輩と加元の因縁と、付烏月さんの「自称旧姓附子山」は、今日この日で、ようやく終了した。

「加元に何言ったの。付烏月さん」
「事実だけ、正直に、ぜーんぶ包み隠さず加元に伝えただけだよん。あと左手見せただけだよん」
「なんで薬指に指輪つけてるの」
「加元は俺と藤森の指輪だって勘違いしたよん」

「どゆこと……?」
「最終的に泣いて出てったよ。ヒヒヒ」

5/25/2024, 5:27:41 AM