題名『車窓』
(お題・終わりなき旅)
それは鈍行列車の向かい合わせの席の窓。
持ち上げたいけど重すぎて、母に頼んで窓を半分開けてもらう。すると、扇風機の強より強い風が僕の顔や頭をぐちゃぐちゃに撫で回して吹きつけ続ける。
少し顔を窓から離し車窓を眺める。
山と田んぼが繰り返し、草のような青臭さも感じる。
少し住宅街を通ると、砂や煙の匂いもした。
河川の鉄橋や海の側を走れば、水や潮の匂いもした。
ガタンガタン、コトコトコトコ、ガシャーン、ぷしゅー。
車掌さんのアナウンスも聞こえる。
後ろの席からみかんの匂いがしてきたり、スルメイカの匂いやビールの匂いがすることもあった。
僕の幼い頃の話で、最近はよくこの光景を夢の中で何度も見ている。
4人座れる席には両親と姉と僕だ。
夢の中で何度も母に何処に行くのか聞くんだけれど母は笑って答えない。
あれは田舎の祖父母の家に行こうとしていたはずだった。お盆で親族が集まることになっていた。だからお土産も買ってたくさん持っていた。
終わりなき旅。
僕は今でもあの列車から降りたくないんだ。
人が死ぬこともおとぎ話のように思っていた。
だけど、あの直後から立て続けにみんな亡くなっていった。
僕は受け止めきれず学校も行けなくなった。
心を閉ざした。
暗闇の世界で生きていた僕が、夢とはいえ列車に乗っているのは凄い進歩かもしれない。
それが生きる旅なのか、死ぬ旅なのか分からない。
でも誰の人生でも同じなんじゃないかな。
漠然と列車に乗って車窓を眺める。
気づけば乗客はどんどん入れ替わっている。
もしかしたら家族も入れ替わっている。
降車すれば死ねる。
だけどまだ、僕は次の景色が見たいんだ。
降りる理由も見つからない。
僕は今夜も夢を見る。
5/30/2024, 12:02:21 PM