【またね】
ああ、また駄目だった。そう思うのは何度目か。
万華鏡、というものを知っているだろうか。
三面の向かい合わせた鏡に囲まれ、その中を数多の色鮮やかな細工物が転がり、一種の一時しか得られぬ芸術、永遠には留めおけない芸術。
しかし、そのどの姿も美しく。されど、あのときに見た美しさをもう一度と願っても、なかなか実現されることは難しい。だが、どうして諦める事が出来ようか。一度手に入れたことがあるということは、得るのが不可能ではないと分かっているのだから。
今日もまた、自分は万華鏡を転がす。
『またね、消しゴムが無くなってたの』と、彼女はそう言った。
その後、彼女は『装飾された新しい消しゴムが机に置かれてたわ!』と喜んだ。
『またね、あの子に悪口を言われたの』と、彼女はそう言った。
その後、彼女は『あの子、お引っ越しするんだって!』と喜んだ。
『またね、お母さんに叱られたの』と、彼女はそう言った。
その後、彼女は『お母さん、死んじゃった』と悲しんだ。
なぜ?
居なくなって嬉しくないの? と聞いたら、真っ青な顔で首を振られた。
ふうん。また、間違えたかぁ。難しいなぁ。
『もしかして、あなたの仕業なの?』と彼女が聞くから。
『うん、そうだよ』というと、たくさん怒られた。
『なんで、こんなことするの!』と彼女が聞くから。
『だって、愛しているんだもの』と言った。
『あなたなんて嫌い!! 二度と顔を見せないで!!』
と、彼女がそう言った。
『うん、分かった』
と――彼女の首を絞めた。
息絶えた躯の前で、冷たくなりつつある体の前で、また否定された愛しい者の前で、何度目か分からない光景の前で、ただ彼女の頬を撫でた。
『来世でも一緒になろうね』ってそう言ってたのになぁ。
忘れてもいいのかもしれない。約束は時効かもしれない。
それでも、一度見た、万華鏡の美しさを、知ってしまっていたから。
――愛しているのに、こんなにも距離が遠い。
『またね』
自分はそう言って、己の首を刃物で掻き切った。
『次はあの子も覚えていますように』
もしくは……。
『次の自分は約束を忘れていますように』
8/6/2025, 2:31:51 PM