「入道雲、あるいは雷雲。積乱雲の別名らしいな」
積雲、わた雲が発達して、バチクソ高いとこまで達しちまった雲で、上部が小さい氷の結晶でできてるんだとさ。某所在住物書きは自室の本棚の一冊を取り出し、パラ見して言った。
「真夏に多い夕立ちの、前兆として稲妻が光りだすのは、雨降らせてるのも稲妻光らせてるのも、同じ『入道雲』だからっぽい、と」
で、この「入道雲」のお題の何がてごわいって、俺みたいなその日の天候とか出来事とかリアルタイムで追っかけて、続き物風の投稿してるタイプの場合、投稿日に丁度良くその雲が出てない可能性があるってアクシデントよな。物書きは空を見上げ、息を吐き、
「入道雲『っぽい形』で、何かで代用するか……」
――――――
前回投稿分から続く、ありふれた日常話。
都内某区、某職場休憩室。どんより曇天に、鬱陶しいまでの湿度を伴った6月最終日の始業前。
雪国出身の捻くれ者と、その親友であるところの宇曽野という男が、ぐるぐる巻きの低糖質ソフトクリーム片手に語り合っている。
「お前のこと、一昨日あの稲荷神社で見たぞ」
「稲荷神社のどこで。証拠は」
「あそこのデカいビオトープのホタル。見て感動して後輩から電話が来て。ビビって飛び上がってた」
「ちがう」
「痛い図星を突くとお前は必ず、まず『ちがう』だ」
自分のようなカタブツが、夏の光の数十数百に、少年少女の如く感激するのは「解釈に相違がある」。
昔々の酷い失恋、初恋相手に刺された傷が、未だに捻くれ者の魂と心の深層を蝕んでいる様子。
チロリチロリ。ソフトクリームを舐めては、懸命に友人の証言を否定しようと努力している。
捻くれ者の健気な照れ隠しと懸命な抵抗が、親友として痛ましくも少々微笑ましく、宇曽野は笑った。
「面白い話を教えてやろう」
宇曽野が言った。
「あの神社、噂ではキツネに一千万渡すと、神社の祭神のウカノミタマが降りてきて、『何か』、例えば予言だのご利益だのを授けてくれるんだとさ」
実際、その予言目当てと思われる政治家の目撃情報が、たまに呟きに上がってるぞ。
ニヤニヤ。笑いながら話す彼を、捻くれ者はジト目で凝視して、白いソフトクリームをチロリ。
「『いっせんまんえん』?」
どこかで聞いたフレーズだ。メタな発言が許されるなら、おそらく「6月19日」の「13時02分」。
潰れたクリームのツノは平坦に広がり、その形は今日見当たらぬ夏の積乱雲――入道雲のようであった。
「『キツネ』?」
「所詮根も葉もないゴシップだが、あそこが由緒正しい古神社なのは事実だ。10円でも100円でも突っ込んで、何か願掛けしてくれば良いんじゃないか?」
「何かって、たとえば」
「無病息災。商売繁盛。良縁祈願。『職場の後輩と近々パートナーとして結ばれますように』」
「何故そこでウチの後輩を出す。そもそも彼女、私のことなど、何とも」
「にぶいなぁ。お前もお前の後輩も」
式には呼べよ。スピーチくらいは引き受けてやる。
軽く笑い飛ばす宇曽野は自分の白を片付けて、じき始業開始であるところの己のデスクに戻っていく。
「誰がもう恋などするか」
予想外に量の多かった入道雲を、なんとか短時間で解消しようとした捻くれ者。
大口で塊を崩し、強引に喉に通して、
「……ァ、がっ……、つめた……!」
それが食道を通り胃へ落ちる過程で、地味な氷冷に苦しんだ。
6/30/2023, 2:22:26 AM