未知亜

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ㅤ空調機が、ぶうんと唸った。あなたが弾かれたように身体を離す。
「ご、ごめん」
ㅤ私は無言で首を振る。あなたが謝ることなんかない。
「寒そうにみえたからさ、それだけだから」
ㅤ叱られた子どもの顔であなたが下手な言い訳をする。温もりの残るジャケットの端を、私はぎゅっと握りしめた。
ㅤありがとうと言いたくても、ごめんなさいと伝えたくても、この喉はなにも紡げない。私の姿を映してくれる、まっすぐな瞳を見つめる。
「それ、貸してあげるよ。今度会う時まで」
ㅤ今あなたの前に私だけがいること。確かなものはこれだけなのだ。だから大丈夫。私はこれで最後にできる。

ㅤいつかあなたがまたあの裏山に来た時、打ち捨てられたこのジャケットを見てなにか思い出すことがあれば。それだけでいいよ。


『これで最後』

5/28/2025, 7:36:25 AM