sibakoのおさんぽ🐾

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お題「半袖」

「あっつ」
朝起きてあまりの暑さに声が出た。まだ、薄手の長袖で大丈夫だろうと思って寝たのが良くなかったらしい。
「まだ5月だよなあ?季節バグってね?」
暑さのあまり悪態をつくが、暑さが和らぐ理由がない。

半袖に着替えようとタンスを開ける。
「半袖……??」
…ない。半袖がなかった。
去年も着たし、ないわけがないのだが。
タンスの中を引っかき回して探すも出てこない。半袖だけを盗む泥棒に入られ……ってそんな泥棒がいてたまるか。
仕方なく、冷房をガンガンにつけてアイスをくわえた。何気なくテレビをつけると、ちょうどニュースをしていた。

「現在、世界中で半袖の服が消滅するという奇妙な事件が起こっています」
はあ?危うくくわえたアイスを落とすところだった。
ニュースキャスターがいうには、世界中のすべての半袖という半袖が消滅したという。そんな馬鹿な、と言いたいところだが現にうちのも消えてしまったのだ。
しかも、長袖を切って半袖にした途端消えてしまうらしい。実演していたが、怪奇現象以外の何者でもなかった。

正直、ここまで見せられると諦めがついた。そのうち、冷房器具の使いすぎで電力も供給できなくなるだろう。はあ。どうしたものか。俺はテレビを消して、ふと外を見た。

ん?半袖?思わず二度見してしまった。
外に半袖を着た女の子がいる。この世のどこにもないはずの半袖を着た女の子が。
俺は走って外へ駆け出した。長袖の俺にも暑さは容赦なく襲いかかってきた。
玄関を出ると、50メートルほど先に女の子が見えた。

「あ、おい。そこの半袖の……!」
最後まで言い切る前に女の子は振り向き、気づくや否や走り出してしまった。俺も慌てて追いかける。
あと少し、あと10メートルほどで…というところで女の子の目の前の空間が歪んだ。比喩ではなく本当に。

そして、女の子も、減速出来なかった俺も吸い込まれるようにして入っていった。

木の根のようなものに足を引っ掛けて手をつく。
顔を上げると深い森の中だった。

「あら、あの子はだあれ?」
「……!?!?」
「連れてきちゃったの?仕方ない子ね?」
大きな…5メートルくらいあろうか…女性が開けた森の真ん中に座っていた。そこだけ光が差し込むように輝き、絵画を切り抜いたような幻想的な美しさをしていた。

女の子はこっちをチラチラと見ながら終始あたふたしていた。周りには他の人の姿があった。いや、人というより、妖精とかエルフとかいう方がしっくりくるような気がする。遠目から俺を物珍しそうに眺めている。

「あの……」
何というか、どうしていいかわからなすぎて声をかけてしまった。
「あら、ごめんなさいね?心配しなくても元の場所へ戻してあげるわ。」
ふわふわとしていて一見優しい綿のような女性の声は、問答無用な、否定することが許されないような、そんな絶対感を持っていた。思わず、後退りしたくなる。
…しかし、しかしこれだけは聞いておかなければ。

「あ、あの!その子、どうして半袖を持ってるんですか!えーっと!あの!えーっと、その…、半袖の消滅と何か関係が……あったり、なかったり……?」
最初は勢いで聞いてやろうとしたが、最後まで絶対感に勝てるほど俺は強くなかったらしい。

「これ?これね、人間がいろんなもの壊して、星が熱くなちゃってるでしょ?だから、代わりにもらうことにしたの」
よく見ると、女性を含む、周りの人(?)はみんな半袖を着ていた。

「人間が星を大切にするまでお預かり〜 きっと暑くて暑くて困って、気づいてくれるはずよ!さんごちゃんたちや、流氷ちゃんたちと会えなくなるのは寂しいもの」
女性は優しそうな顔で微笑んだ。彼女は何者かはわからないが、とにかく人ではないことは確かそうだ。

「人間も布なんか巻かずに過ごせばいいのよ。自然の中でゆっくり過ごせばいいわ。あんな四角いところに引きこもっているより、よほど快適よ」
「しかし今から裸でと言われましても…」
「アダムとイブなんていないのよ〜?人間はもともと何も着ていなかったのだから、そこに戻るだけ〜 簡単よ?」
「しかし……」

何か言わなければ…このままでは暑い夏が来る前に死んでしまう…!!
「人間にも、地球を守ろうとしている者がたくさんいます!どうかもう少し待っていただけないでしょうか!」
俺は深々と頭を下げた。
女の子が女性の服をちょいちょいっと引っ張った。

「そうねえ。いい人間がいるのも確かなのよね〜 
…仕方ないわ。今回は、あなたの頑張りとこの子に免じて返してあげる〜」
心の中で大きくガッツポーズをしたことは言うまでもない。

「じゃあ、元の場所に戻すわ。このことは忘れちゃうけど、気にしないでね〜?」
目の前がぐにゃりと曲がる。記憶が途絶える間際、声が聞こえた。
「そうそう。返してあげるのは今回だけよ〜?これからはあなたの行動次第〜 悪い子だったら、またお預かりね?」

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「あっつ」
朝起きてあまりの暑さに声が出た。まだ、薄手の長袖で大丈夫だろうと思って寝たのが良くなかったらしい。
「まだ5月だよなあ?季節バグってね?」
暑さのあまり悪態をつくが、暑さが和らぐ理由がない。

半袖に着替えて、エアコンのリモコンを手に取って…やめた。押し入れにしまい込んであった風鈴を取り出して、窓を開けて、そっとかける。

チリン、チリン…

涼しさが和らいだ。
なんとなく、いいことをした気がする。

5/28/2024, 2:15:48 PM