夢を見ていた。
暖かい夢だった。
私はただひたすら冷たくない水の中を漂っていて、時折思い出したように揺れる水面を見ては、気まぐれに伸びをしていた。
夢を見ていた。
さみしい夢だった。
シャボン玉の中に私はいた。外には、同じようにシャボン玉に閉じ込められた人たちがいた。誰かが自分のシャボン玉を割ると、他の人々もそれに続いた。私はシャボン玉を割らなかったから、周りの子の顔が歪んで見えた。
夢を見ていた。
にぎやかな夢だった。
青い空の下で、小さな子猫が鳴いていた。その隣には熊がいた。子猫を抱き上げる、私の姿はシャチだった。熊が水たまりを踏んだ。私も子猫も、それを見て馬鹿みたいに笑った。
夢を見ていた。
悲しい夢だった。
川に水が流れていた。私の大切なものが、川の水に流されて広い広い海に出た。海は暗くて、迷うほどに大きくて、恐ろしい。私の大切なものは、海を漂い、波に揉まれて、小さな島へたどり着いて、二度と戻っては来なかった。
夢を見ていた。
なんの夢を見ていた?
長い長い夢だった。
視界が歪み、周りの音も遠ざかる。私が夢から覚めなければならない日が来たのだ。
老眼鏡越しに、シミの付いた天井が見える。小鳥が鳴いている。視界が揺れている。椅子をゆらゆらと揺らしながら、垂れ下がった頬を撫でる。いつしか棒のようになった私の足に力を込めた。黒く反射する仏壇に、愛した人の遺影があった。白い紙に、垂れた頬。夢とは大違いの姿を見て、私は愛おしいと思った。
冷えないようにと孫がくれたブランケットが膝から落ちた。途端に暖かさが消えていく。とっさに拾い上げたそれの端に施された刺繍を見た。途端にさみしさか消えていく。窓の外の小鳥が鳴くのをやめた。途端ににぎやかさが消えていく。いないはずの娘たちの声がする。途端に悲しさが消えていく。
「お母さん、来たよ。今日は孫も連れてきたの」
玄関先から声がする。娘たちの声がする。
もう暖かくないし、さみしくない。にぎやかでもないし、悲しくない。本当はきっと、そのどれもまだ私の心に巣食っているのだけれども、そんなことよりも表したい感情があった。
この夢がもう少しだけ続けば良い。この心をもう少しだけ持っていたい。終わりなんて来なければ良い。
夢から覚めたあと、私はどうなるのだろう。きっとあの人の元へ行く。そうしてただあの子達を待つのだ。
どれだけ生きてもわからなかった、最後に残るこの心の名前を知りたい。あの人はきっとそれを知っている。
きっと、もう時間なんてないから。せめて、とびきり楽しく目覚められるように、私は愛の名を呼んだ。
3/27/2024, 3:23:21 PM