すゞめ

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『日の出』

 まだ夜の帷が降りている早朝。
 俺たちは高台にある神社まで赴いた。
 賽銭箱に小銭を入れて、控えめに鈴を鳴らし、二拝二拍手一拝をする。

 早朝とはいえ、三が日だというのにひと気はなかった。
 神社には俺と彼女のふたりきり。
 参拝を終えた俺たちは神社の敷地内をゆったりと歩いた。

 朝の凍てついた空気は容赦なく皮膚を刺すが、神社という神聖な場所の効果だろうか。
 今日ばかりはその痛みすら心地よかった。

 少しずつ、東の空から明るさを帯びていく。
 緩やかに空が橙色に広がり、暗がりが苦手な彼女のしがみついた温もりが和らいだ。
 離れていく体温が寂しくて、手袋を重ねたまま手を繋ぐ。
 手を繋げば、彼女はピッタリと体を寄せて俺との距離を近づけた。
 長年の月日の賜物である。

 毎年、日の出を求めるために早朝から初詣に出向くわけではなかった。
 彼女も俺も寒がりだし、俺にいたっては朝も弱い。
 境内に出ている屋台を覗くために昼間に行くこともあれば、寝過ぎて夕方になってしまったりとまちまちだ。
 今年はたまたま、彼女と同じタイミングで目が覚め、部屋に引きこもっていた彼女が早朝にもかかわらず外に出たがっただけである。
 寝起き直後の掠れた声で、俺は簡単に誘い込まれてしまった。
 家を出てすぐに外の寒さに後悔したが、もこもことコートやマフラーなどの防寒具に丸まった彼女が愛らしくて、すぐにどうでもよくなる。

 ぐるりと境内を一周すれば日の出が現れ、空が赤らんだ。
 あまりにも強い光に、太陽から顔を逸らす。
 目を逸らした先にいた彼女は、ニット帽やマスクで防寒しているせいで目元以外、すっぽりと隠れていた。
 その長い睫毛にかかった細やかな結露が、キラキラとダイヤモンドのようにきらめいている。
 潤んだ目元に手を伸ばしかけたとき、手袋をしていたことに気がついた。

「どうしたの?」

 いつもより小さな彼女の声が鼓膜を揺する。

「……いえ、なんでもありません」

 手持ち無沙汰になった手をポケットに突っ込み、首を横に振った。

「そろそろ帰る?」

 もうしばらく朝日を浴びていくかと思ったのに。
 少し気を遣わせてしまったのかもしれない。
 彼女は、繋いでいた手を控えめに引っ張ってきた。

「もういいんですか?」
「さすがに限界」

 鼻を啜る彼女は、本当に寒そうにしている。
 シパシパと瞬きをする瑠璃色の瞳からは薄膜が張っていて、今にも雫となって溢れ落ちそうだ。

「帰ったら風呂やるんで、温まりましょうね?」
「ん」

 神聖な朝の光を浴びながら、俺たちは家に戻るのだった。

   *

「……って、一緒に入るなんて聞いてない」

 ちゃぷちゃぷと、白濁した湯船を弾かせて彼女は文句を垂れる。
 そんな彼女の背後に座り、彼女の背骨の山をなぞりながら応戦した。

「俺も寒かったんですよ」
「言ってくれれば先に譲った」
「譲られると思ったから言わなかったんです」

 眼鏡も外したから最初から視力なんてあてにならない。
 乳白色の入浴剤のせいで、彼女の体のラインすら捉えさせてくれなかった。

「それに、好きなんですよね」

 髪を上げているせいで、無防備になった頸に口づける。

「っ……」
「あなたの白い肌が、ほんのり桜色に染まっていく様を見るの」

 小さく反応する彼女に愛おしさを抱きながら、細いウエストに腕を回した。

「あと、イチイチ反応するの、普通にかわいいです」
「そういうのは思ってても口にしないでっ」

 それも込みでかわいいのだ。
 さすがに怒られそうだから黙っているけど。

 赤くなった耳朶を後ろから食めば、みだりがましく湯船が音を立てた。
 浴室に響く彼女の浅く乱れた声を堪能する。

 くったりと力の抜けた彼女の肩口にキスをしたあと、俺は湯船から立ち上がった。

「じゃあ。俺は先に出てるんで、ごゆっくり」
「バカぁ……」

 浴槽で膝を抱えてうずくまる彼女の頭を撫でて、俺は風呂から出たのだった。

1/4/2026, 12:04:08 AM