"距離"
「みゃあ!」
居室の扉を開けると、ケージの中の子猫が大きく鳴いて出迎えた。
「おぉ、ただいま。悪い、腹減ったよな?今飯持ってくる」
飛彩に支えられながらケージに近付く。先程までみゃあみゃあ鳴いていたのに急に大人しくなったと思ったら、目線の先は俺ではなく俺を支えながら入ってきた飛彩だった。
──こいつ、興味津々な目で見てる。
飛彩を横目で見ると、こいつも子猫を見ていた。子猫と成人男性が見つめ合っているのは、なんだかシュールな絵面だ。
気付かれないように小さく笑いながらケージの前にしゃがみ、扉を開いて中の皿を取り出す。
「飯作りに行く」と言ってゆっくり立ち上がる。
子猫と見つめ合っていた飛彩は俺の声に我に返ったのだろう。ぱっ、とこちらに顔を向け「あ、あぁ。分かった」と言って再び俺の体に手を添える。
「あ、や…きょ、今日は猫缶にしよう。部屋に何個か買って置いてあんだ」
そう言って飛び退くように離れて戸棚を開き、子猫用の猫缶を一つ取って猫缶の封を開け中身を皿の上に乗せる。柔らかなゼリー状の固形物が、皿の上で蛍光灯の光をてらてらと反射する。
「ほーら、ご飯だぞー」
ケージの中の定位置に猫缶の中身を乗せた皿を置く。
すると子猫は「みゃあん」と一声鳴いて皿の前に行き、はぐはぐと食べ始めた。
「なんか唸りながら食べているが、大丈夫か?」
「あぁ大丈夫、平気だ。子猫にありがちな事らしい。俺も最初は驚いた」
救急に連れて行って検査を受けた後、子猫に初めてご飯をあげると「うみゃうみゃ」言いながら食べ始めて、何か病気なんじゃないかと思い慌てて電話で聞いたら、食べながら鳴くのはいわゆる《子猫のあるある》らしい。
「美味しそうに食べているな」
その言葉に子猫を見る。いつも通りの食べっぷりで、皿の中を見ると、もう半分くらい食べ切っていた。
「そんながっつくなっていつも言ってるだろ。…実は初めてやったんだが、口に合って良かった」
子猫を見やる。
本当に美味しそうに食べている。
すると急に片手で肩を、ぐいっと引き寄せられた。
「っ!?」
驚いて横を見ると、飛彩の端正な顔がすぐ近くにあった。思わず顔を逸らしてしまう。
ばくばくと、心臓がうるさい。痛い。
「みゃあ」
足元から鳴き声がした。驚いて首を動かして目線を下げると、扉を開けっ放しにしていたケージからいつの間にか出てきて、俺の足元に来ていた。
両手で抱き上げ、胸に抱くと喉を鳴らす。
「本当に貴方に懐いているな」
そう言いながら子猫に指を伸ばして頭を撫でる。子猫は嬉しそうに「うみゃあ」と小さく鳴いてみせた。
──良かった。獣医の言った通り、あんまり人見知りしないタイプみたいだ。
実は、居室の扉を開くまで少し心配だった。だから初対面の人間がいても、いつもと変わらぬ子猫の様子を見て安堵に小さく息を吐いた。
──ん?待てよ、この構図…傍から見たら、《親子》じゃ…。
12/1/2023, 2:38:31 PM