わをん

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『踊りませんか?』

生きるのが嫌になって山のふもとの樹海に入り分けたのが昨日の話。枝から吊り下がったロープの下に崩れた人や草や蔦に侵された人を見かけるたびにあんな死に方はしたくないと心の底から思い、早々にこんなところに来るんじゃなかったと後悔した。しかし一度入った者をやすやすと解放してくれる気はないらしく、一昼夜を彷徨い歩いても先々で物言わぬ人と会うばかり。私は樹海に囚われたままだった。
「帰りたい……。」
私の荷物はふところに入れた遺書だけだったので限界が来るのも早かった。暗い森で重くため息を吐いて蹲ったとき、耳に聞こえてきたのは楽しげな囃子。ふらふらと引き寄せられた先で見たものは妙にデフォルメされたタヌキらしきものが腹太鼓を叩いて音頭を取り、二重の輪になって踊っているさまだった。荒んだ心にかわいいという感情が自然と芽生える。
草むらの陰から呆然と様子を見ているうちに一匹のタヌキと目が合った。とてとてと歩く姿もとてもかわいい。
「あのう、もしよければなんですけど、一緒に踊りませんか?」
声までもがかわいいその一匹、いやその子は輝くような笑顔をこちらに向けてくれたので知らず涙が溢れた。輪に加わった私は他の子たちにも温かく迎え入れられて、しばしの時を幸せに過ごした。自分が飢餓の極限であったこともふところの遺書のこともここが樹海であることも何もかもを忘れて歌い踊りながら意識を手放していった。

10/5/2024, 7:46:27 AM