ふるきよき

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もしも私が生まれなければ、もっと他に出来たことがあったよねと。
居間の母と西瓜をいただきながら、ぽつり。

まあ、それはそうよ。

母は禿げかけた髪を手櫛で揃えて視線をテレビに向ける。
子供ながらに両親のあれこれを見てきたものだけど、思えば母の気の休まる時なんてあったろうか。
私は私でしくじっていたし、姉も手術したりと大忙しだった頃。子供ながらに母の髪の薄くなっていくのをそばで感じていた。

友人やら他所の人が、誰かを離婚させるのが当たり前になってきたけれど、その話のたびに私は母を思い浮かべる。
離婚してもいいよって、声をかけたこともあった。
それでも母は離婚しなかった。できなかったとも言えるが。

母は高卒の専業主婦だから、きっと子ふたりを大学に行かせることはできなかったろう。
情けない女、と思ったことも正直ある。
もっと強ければ離婚しても生きて行けたんじゃないかとも思う。

もしもあの時離婚していれば、どうだったろうね。
居間の母と西瓜をいただきながら、ぽつり。

ふと、母が。
関根勤、見ないうちにすごい老けたわね。
という。

母はそれほど健康には気を遣わない。
あとどれだけ生きることが子供のためになるのかと歳を数えている。
歩けなくなったら、言葉もわからなくなったら。
早いとこ金を残しておさらばした方が良いと。

もしも私が強ければ、安心して長生きすることも思ったろうにね。
居間の母と西瓜をいただく。
けれどもしもを幾度と繰り返しながら、またひとつ歳を経る。
そうであってほしい、そうであり続けろと切に願う。


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些細なこと

9/3/2024, 1:15:31 PM