「オジサン、今日も海へ行くの?」
その問いに、俺は静かに頷いて肯定した。
俺が海に行くと言うと、親友の娘は必ず悲しそうな顔をした。しかし、今日は違うみたいだ。
「わたしも一緒に行っていい?」
「いいけど、今日は少し遠くまで行くよ。帰りが深夜になっちゃうかも」
「うん!」
娘は行く気満々だ。既に準備はできているらしい。
父親と同い年の男と、深夜まで二人きりなんて。年頃の女の子は嫌がるものだと思うが。
髭を剃ったり、寝癖を直したり。一人だったら、髭は剃らなかったと思う。寝癖も、帽子を被って隠しただろう。身形の関心はその程度だったのに、俺も随分と変わったな。
娘はリビングのソファにちょこんと座って、静かに待っている。わがまますぎても良くないが、いい子すぎるのも心配だ。
「お待たせ」
声をかけながら見た娘の鞄は、何故かパンパンに膨らんでいる。
「海に行くだけなのに、大荷物だね」
「遠出するならお菓子も持っていかなきゃ!」
バイト代をお菓子に注ぎ込んでいるのは知っていたが、俺と食べるためだったとは。途中で飲み物を買って、車内でプチパーティーでもするか。
予想に反して、車内は静かだった。海に着くまで、お菓子も口にしていない。
「オジサンは人探しをしているんだよね?」
停車と同時に娘が言った。少しだけ空気がピリピリしている。不貞行為を問い詰められるような気分だ。
「見つからないと思うけどね」
諦めを隠さずに答えた。探している人が見つからないなんて、最初からわかっていることだ。
「だったら、探すのやめちゃおうよ」
俯いたままこちらを見ない娘は、弱々しい声で言葉を続ける。
「お父さんから聞いたよ。オジサンが中学生の頃から探してるんでしょ」
「うん」
「自分から探すように言ったのに、どこにいるかも教えないなんて、その人はオジサンと会う気はあるの?」
「……夢の中で言われたんだ。だから、実在するかもわからない。俺が勝手に予知夢だと信じて探してるだけだよ」
娘はポカンとした顔で俺を見た。「はぁ?」とでも言いたそうに。
俺の独り善がりに娘を付き合わせたことを、申し訳なく思う。しかし、やっと決心がついた。夢の中で会った彼女を、これ以上探すのはやめよう。
――私を探して。あなたの幸福のために。
夢の中でそう言われて、彼女を探していた。だけど、彼女に会うよりも先に、俺は幸せを手にしていた。
架空の人物に対して、俺のために真剣に怒ってくれる。そんな女の子が、俺の傍にいる。
親友の娘が俺に向ける愛情が、俺にとっての幸せだと再確認できた。
「君に会いたくて彷徨った日々も、無駄ではなかったね。夢に出てきてくれて、ありがとう」
海に向かって、静かにそう呟いた。
1/20/2026, 7:30:00 AM