108.『冬へ』『記憶のランタン』『吹き抜ける風』
11月中旬。
本格的に寒くなる前に、私は冬への準備をすることにした。
『今頃かよ』と呆れられそうだが、忘れていたので仕方ない。
一応やろうとは思っていたのだが、物忘れが激しいため、寒くなっても冬支度が出来ないでいた。
そんなわけで、思い出したが吉日ばかりに、私は押し入れを漁っていた。
「冬服は確かここらへんに……
おや?」
衣装箱を動かそうとしたとき、その横に見慣れないものがあった。
気になったので取り出してみると、それは小さなランタンだった。
いかにもチープな、オモチャのランタン。
趣味からかけ離れているので自分で買ったとは思えず、おそらく貰いものだった。
ただ、どこで手に入れたのかはどうしても思い出せない。
買ってはいないのは確かでも、誰にもらったか分からないのは気持ち悪い。
『湧いて出てきたのだ』と言われたら信じてしまいそうなほど、私は心当たりが無かった。
なんとか思い出そうとランタンをくるくる回していると、底に一枚の紙が貼っている事に気づいた。
それはメモだった。
忘れっぽい私が、説明書代わりに付けているメモ。
私は『これならば』と思い、メモを手に取る。
そこには一言、こう書かれていた。
『記憶のランタン』。
一見して意味不明な文章。
だが私は、その言葉を見て一週間前のことを思い出していた。
あれは風の強い日だった。
ベルが鳴ったので玄関のドアを開けると、吹き抜ける風が私の部屋をメチャクチャに散らかしたのだ。
あの時の絶望した気持ちはよく覚えている。
その原因となった、訪問客のバツの悪そうな顔も……
訪問客は、新興宗教の勧誘だった。
なんでも私を救うためにやって来たらしい。
余計なお世話にもほどがあるが、宗教の勧誘によくある強引さで居座られ、彼の話を一方的に聞かされた。
興味がないので聞き流していたが、一つだけ私の興味を引くものがあった。
なんと、彼の属する宗教に入信すれば、記憶力が上がると言うのである。
正確には、お布施と引き換えに霊験あらたかな品が貰えると言う。
その一つが『記憶のランタン』である。
宗教には興味はないが、記憶力が上がるのなら話は別だ。
私は彼に詳しい話を聞いた。
だが、そうそう都合のいい話は転がってない。
なんと寄付に5万円必要だと言うのである。
私の悪癖が治るのなら5万でも安いが、給料日前の私にはとても払えない。
泣く泣く辞退の旨を伝えると、彼は笑顔でこう言った。
「でしたら給料が入るころにまた来ます。
このランタンを置いていくので、神の愛を感じてください。
ご利益ありますよ」
そして今に至る。
ついでに言えば、約束の日は今日である。
メモにも書いてあるから間違いない。
そして見計らったかのように、玄関のベルが鳴った。
「こんちには」
彼は笑顔で玄関の前に立っていた。
今にでも彼のマシンガントークが始まりそうな雰囲気。
でも私は彼に伝えることがある。
彼が話し始める前に、勇気を出して切り出した。
「これはお返しします。
ご利益なかったので」
私がランタンを差し出すと、笑顔だった彼は急に怒り出した。
「いい加減にしろ!
お金払いたくないからって、下手な嘘を吐くな!」
私は首を横に振りながら言った。
「いいえ、本当の事です
その証拠に、アナタに渡すはずだったお金を用意するのを忘れました」
11/24/2025, 1:44:59 PM