2,「これまでずっと」
どうすればいいんだろう、と思った。
差し伸べられた手を見て素直にそう思った。
別に大丈夫なんだけどなぁと周りを見渡す。先ほどまで行われていた暴力は鳴りを潜めて、じっとこちらを伺っていた。ヒーローの光に照らされて、影はそっと隠れていた。
「大丈夫?怪我は……してるね。保健室まで歩ける?」
心配そうに、当たり前みたいに言ったヒーローは鋭い目をいじめっ子たちに向けた。気まずそうに逸らされた目線。汚された教科書はヒーローから見えないように隠された。
彼らに羞恥心とか罪悪感なんてものがあったのか、と驚く。それは私には向けられないけれど、ヒーローには向かうんだ。どうしてだろう、と考えてみる。
やっぱり人徳だろうか。ううん、きっと違う。彼らにとって私はヒトではなくて、同等の存在ではなくて、ただそれだけだったんだろう。
動かない私を見て、ヒーローは困ったように笑った。明るい、眩しくて目が開けられないほどの光。そんな幻覚が見えた気がした。
どろりとしたものが、胸を満たす。
「……ない」
「え?」
「必要なかった。別に、彼らにとっても私にとっても普通だし。助けとかそういうの、いらない」
何言ってるんだか。自分ながらそう思う。だって、助けてもらっておいて、いらないって。優しい優しいヒーローがせっかく心配してくれたのに。ありがとうって、助けてくれてありがとうって、そう言わなきゃいけないと分かってるのに。口からはするすると恨みばかりが出てくる。
「助けて、とか言ってないし。余計なお世話じゃんそういうの。私が可哀想に見えただけなんだろうけど、そういうのが一番嫌い」
あぁ、馬鹿だ。ヒーローは驚いて固まってるし、気まずそうにしていたいじめっ子すら信じられないとばかりに目を見張っている。
ああ、気持ち悪い。自分が吐き気がしそうなほど嫌いになる。卑屈で、ひねくれてて、可愛げなんてカケラもない。こんな奴を助けてしまったヒーローが可哀想だ。
そういう自己嫌悪が渦を巻く。でも、それに対抗するように心の中の小さな私が叫んだ。
『仕方ないじゃん。だって、これまでずっとずっと、誰も助けてくれなかったんだから。助けて、なんて言い方知らないし。ありがとうも何もかも、誰も教えてくれなかったじゃん。なのに、なんで今更……っ!』
小さな私。心の私。醜くってどうしよぅもない私の一部。
あんまりにも騒ぐものだから。対立する心を上手に切り分けて、ぎゅうと箱に押し込んだ。ぐるぐる鎖を巻いてしまえばもうその声は聞こえない。箱の中身がどうなっているかなんて考えたくもない。考えられもしない。だって、これまでずっと閉じ込めてきたモノが全部入っているのだ。重いし汚いし、早く捨ててしまいたいなぁと思った。
その、妙に重い箱を押し込んで私はヒーローに笑いかける。
「ごめんね、何でも無い。……助けてくれて、ありがとう」
7/12/2024, 1:22:12 PM