『空に向かって』
雨が嫌いだ。いつも私が暗い気分の時に降るから。
魔法があるこの世界にとって最も大切と言って良い「魔法士試験」に魔法の適性が無いと落ちた時も、天気は雨だった。一人でいる事が辛く、親も親戚も兄弟もいない自分は孤独なんだなと実感してしまった。現代に魔法が開発されたことを何度呪ったことか。
でも、そんな雨でも悪いことばかりでは無い。
雨が降る時はいつも私が暗い気分な時。だがそんな時に私の隣にはいつも彼がいてくれて、私は孤独で無いことを理解させてくれた。
後ろから感じ慣れた魔力の持ち主が近づいてくる。いつも私と話してくれる、心優しい彼の魔力だ。
また慰めに来てくれたのだろう。自意識過剰ではないと思いたいが、彼は優しいから——
「よっす小夜。散歩に出たら偶然お前がいるなんてラッキーだな俺は。うんうん。その服も髪も普段とまた違って可愛いな」
右手を軽く上げながら平然とそんな事を言う彼は清廉煌驥。幼馴染であり、本来私では話すことすら許されないであろう「最聖魔法師資格(さいせいまほうししかく)」の持ち主。魔法による犯罪に立ち向かう警察の上位に最年少で所属しているのが彼だ。
散歩というのも本当かわからない。彼ほどの立場になれば仕事は山積みだろうしあり得るかも。
「うん、ありがと。そう言ってくれて嬉しいよ。あと私の言葉に被せるのはやめて」
「何も話してなかっただろお前。しかも軽く流されるようになってきたし……真顔で何考えてんの?」
「今晩のメニューと楽しい溺死の仕方」
「何考えてんの?!」
あまり街中で声を荒げないで欲しい。迷惑になってしまう。
「今晩のメニューを考えちゃ駄目なほど私は人権が無いの?」
「そっちじゃねぇよ馬鹿。後者だ後者」
「そうだよね……馬鹿でごめん。知識も技術もないから試験に落ちるんだしね……最後のしねって死ねって意味かな……」
「しねはただの文末の言葉だからそんな意味無いしまずお前が言った事だし知識も技術もないって言われたら昔からやってる魔法に関する勝負で全敗している俺はなんなの?」
全敗、と言っても実際に魔法を使ったことは無い。私は魔法が使えないと知っているから気を遣ってくれているのだろう。知識勝負でも彼は私に花を持たせる為に手加減しているんだと思う。本人は全力だと言っているけど。
「まあまあ。試験はあまり気にするなよ。小夜ならいつか絶対に受かるから。……あ、そうだ。今昼だろ? 飯食ってないなら行かね? 朝飯抜いたから俺腹減ってさ〜」
彼は軽い調子で私のことをそう励ましてくれる。受かるから、というのがお世辞だとしても彼が言ってくれるのならそれだけで嬉しい。
だから雨は嫌いで好き。暗い気分の時に降るけどそんな時は絶対に彼が隣に来てくれるから。
「ささ、行こうぜ。どうせ飯食ってないんだろ?」
私の手をとり彼は歩き出す。だが私の足は動かなかった。
「あの、煌驥……」
「ん? どした? あ、行きたい店とか考えておいてくれよ? 俺決めてないから——」
「私さっきからお手洗いに行きたくて……」
「ごめんなさい。行ってらっしゃいませ」
さっきから、と嘘をついて私は近くにあるトイレへ向かう。温かい彼のせいで熱くなった顔を冷ますために。
雨は大嫌いだ。降ってほしくない。……でも大好きな彼が隣に来てくれるのなら——
「たまになら、降っても良いよ」
空に向かってそう呟く。直後に自分の発言が傲慢であることに気づいて恥ずかしくなった私は、やっぱり馬鹿なのだろう。
※※
小夜がお手洗いに行った後、俺、清廉煌驥はある人と話していた。
「どうしたんすか先輩。小夜とのデートを邪魔しないでもらいたいんですけど」
「いや、ただ聞きたかっただけさ。すぐに退散するからあまり気にするなよ」
俺が働いている所の先輩。こんな感じでもめちゃくちゃ強い。被告人の言い分は偶然らしい。絶対に嘘だ。
「あの子が例の幼馴染かい? 魔法士を目指している割には魔力が異様に少ないようだが」
「でも知識と技術はあります。魔力だって小夜ならいつか爆増しますよ」
「へえ……僕にはそうは見えないけどね。死ぬまで頑張っても無理そうだ」
「あいつとの知識勝負で全力でやっても俺が勝てたことは今までありません。多分警察の誰も小夜には勝てないと思いますよ」
その俺の言葉に先輩の口角が上がる。興味が出てきたと言った感じだろう。面倒な……
「君がそう言うなんて……彼女は本当に凄いらしいね。まあ、その才能が開花する「いつか」は来るかわからないけど」
「来ます。近い未来に必ず。だってあいつは——俺を超える魔法師になる人ですから」
次の瞬間、先輩が大声で笑う。周りの迷惑になるからやめてほしい。見られるのは近くにいる俺もなんだから。……なんかさっき聞いたなこんな言葉。
「彼女への愛の大きさは伝わった。武運を祈るよ」
「小夜に手出したら殺しますからね」
「しないわ。タイプでも無いしな」
じゃ、と言って先輩はどこかへ歩いて行った。あの人傘無しだったからびっしゃびしゃじゃん。草。
「あ、そう言えば小夜は雨嫌いだったっけ」
なんか小夜の記念日とかに丁度降るんだよな〜。晴れろって願うのも面倒だし……だからってあいつの悲しそうな顔は見たく無いし……
「小夜の為だ。晴らすか」
俺は腕を上に突き出し手のひらの前で魔力を貯める。魔力探知があまり上手く無い『今の』彼女なら俺だって気づかんだろ。
俺が放った槍を形作った魔力は雲に突き刺さり霧散する。雲は晴れて水色の空が顔を覗かせた。
「これでいっか。先輩には後でお礼言わせよ」
バレたら小夜に怒られるけどなんとかなるだろ。知らんけど。うん、気づかれない気づかれない。
数十秒後、俺の待ち人がパタパタと走って近づいてきた。そんな姿もとても可愛らしい。
「お待たせ煌驥」
「大丈夫だ。早く飯に行こうぜ」
今度こそ二人並んで歩き出す。まだ告白をする気はない。きっと小夜は俺と対等以上になるまで告白を了承しないだろうから。
風船を貰って笑っている子供を見て、隣で小夜が「可愛い」と小さく笑う。
「今はこれでも良いか」
隣にいる大好きな彼女に聞こえないように空へ向かってそう呟く。
「店決まった?」
「さっき決まった昆虫食のお店が——」
「俺が虫嫌いだってお前知ってるよね?! お前は鬼なのか?!」
そう、今はこれでも良いんだ。小夜は俺より凄いんだから。
ちなみに魔力を放ったのは俺だとバレてめちゃくちゃ説教された。でも理由を話した後に照れながらお礼を言ってくれたから反省はしてない。
4/3/2025, 8:10:27 AM