謎い物語の語り手

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【静寂の中心で】

私の好きな人は過労で倒れてしまった。
この病院に入院していて、私はその部屋の外にいる。

勇気がでない。中に入るための一歩が踏み出せない。
好きな人の辛い姿。会ってからの一言。表情。
全部が分からない。

「帰ろうかな…」
そうひとりごちてもダメなのは分かってる。上司からのお見舞い品も来られない同僚からの伝言も預かってる。

ええい、こんなものは勢いなんだから!
「あ、あの、すみません。すみません、私……」

彼がゆっくり私を見た。目があった瞬間私は固まって、持っていた紙袋を床に落としてしまった。

「………こんにちは」
ずいぶん長い静寂の中心で、彼が挨拶してくれた。

「あ、あの私、お仕事手伝えば良かったって…できることがあればなんでも…い、今からできること…」
やっぱり勢いじゃダメだったみたい。

拾った紙袋を押し付けて、同僚からの伝言も思い出せなくなって言いたいことだけ言ってしまっている。

「…落ち着いて。ちゃんと全部聞きます」
ふっと笑ってから彼は言った。顔が熱くなるのを感じた。こんなだから私に好かれるのよ…。

後日、彼のためにと勝手に頑張りすぎた結果私が倒れてしまった。同じ病室になってまた彼に笑われた。

10/7/2025, 11:39:08 PM