『麦わら帽子』 No.116
蝉鳴く八月。
ぼちぼちヒグラシの声も途切れ途切れ聞こえる頃なので、秋がやってきていることが毎日耳に染みる。
蝉の声が近くでして振り返ると、不思議な光景を目にした。
緑生い茂る木に、麦わら帽子が引っかかっている。
風に揺られても落ちる気配はなく、持ち主も近くには居ないようだった。だから、自分がつま先立ちでたう位置にあるものを果たして取るべきか、迷った。自分は高身長なので、無理なくとることができる。とって損はないだろう、と自分に言い聞かせて、風に揺れる麦わら帽子を引っ張った。
取りあえず木の下のベンチに帽子を置いた。
それから、まだ持ち主が来ないと分かってから、公園を足早に去った
公園を出て数歩。気になって振り返る。
すると、3歳くらいの小さい子がなにやら麦わら帽子を指差していた。間もなく女性が走ってきて、嬉しそうに帽子を被った。
戻ろうかと思った自分も居たが、あえてそのまま自分は引いた。
これほどほっこりしたのはいつぶりか。
こぼれる笑みをなんとか人前に出さないように過ぎ去る。
ヒグラシの声が、公園の外まで響きだしていた。
8/11/2023, 10:17:25 AM