雑穀白米雑炊療養

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「らーらーらー…ららーらー…ことーばにー…できなあい…」
ものすごく聞き覚えのある歌だ。少し前まで唸りながらヘッドバンキングをしていたかと思いきや、急に床に突っ伏し、ややたって今急に気怠げに歌い始めた。暇なんだろうか。確かにここには何もなく、思考することと、今は奇行に走っている白い服のこいつと会話すること以外に何を出来るわけでもないが。だが流石に奇行の連発はやめてほしい。考えたいことに集中できない。ここでは目で捉えなくても何をしているのかは大概認識できる、というか出来てしまうので突然の奇行なんかは一気にこちらの集中力を削ぐのだ。
「うれしくて…うれしくて…ことーばに…できなーい…」
突然耳元で歌い始めた。何のつもりかを確認しようとして横を見た。真顔だ、眉間のあたりに縦線がつきそうな目を見開いた真顔だ。怖い。
「何なんだ」
聞いた途端に歌うのをやめた。
「君が自分を過度に拒絶しなくなったのが感無量で」
「その割には気怠げなようだが?本当にそう思っているのか?」
こいつは時々よくわからない言動をする。基本的に何を考えているかもあまり解らないが。奇行に走った際は輪をかけて解らない。
「君の変化に対して自分は、少なくとも嬉しく思っている」
先程までの怠そうな様子は演技かと思うほど鮮やかにくっきりと笑った。自分の右頬、目元が引きつり、眉間にシワが寄った感覚がする。気色が悪いと、少し拒絶感が戻った。まあ嬉しいというのは元に戻るのに良い状態に近づいているという所からのことだろうが。というかそれ以外であってほしくない、それ以外だった場合吐く。ただでさえ口を開けば自らと自分に肯定的な語りが滝のように出てくるのが常で、そうしている時の目だけでも吐き気がするのに言動まで吐き気を催すようなものだったとしたら殺意が湧く。悪癖とも言えるシュミレートをしてしまい眉間のシワがより深くなったかもしれない。
「自分も戻るために努力はしている」
そも目の前のこいつと自分が互いに両極端なのは、そもそも単独であっては成らないものだからであるし、戻らないということは時間の浪費になる。個人的にも詰まるもののないこの場にいるよりも外界を見たいのは確かだ。しかしあの危機意識の無い、楽天主義と言うかナルシスティックと言うか、どちらも違う気もするがそれ以外に言い表す語彙の見当たらないあの様を自分として受け入れるのは、やはりとても抵抗がある。
白い服のこいつはやや微笑気味の所から瞬きを挟み真顔に戻った。
「君はいつも必要以上に怖がっている」
「わかってる」
反射的に強く発した。そんな事はわかっている。己の心配の半数以上は考える必要も無いような杞憂だ。こいつは嫌いだが自分のことはある程度は分かっているのだろうと考えていたが甘かったか。次の言葉を言おうとしたところで白服は口を開いた。
「君が本当に怖がっているのは己の無力と無価値か」
出そうとしたものはすべて消えた。
「踏みにじられ傷つけられる悔しみ悲しみは、己の不甲斐なさへのものか」
自分は衝動的に白服を倒し、首に手を掛け絞めた。白服も自分も生きてはいないが死んでもいないし死にもしない。白服は表情を変えなかった。
発そうとしたものは言葉にできず、暫くして漸く出たのは掠れ、呻き染みた否定だった。
自分は白服の首から手を離し、馬乗りのまま蹲る。
全てはよく解っていない。まだ何もかも苦しく辛く焼き切れるようで、ただ悲しかった。

4/12/2024, 8:29:54 AM