sleeping_min

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【鳥のように】

 頭上で響いたピーヒョロロという鳴き声に反応し、ライダースーツの女が天を仰いで目を細める。
「こんな都心にまで……」
「食べるもの、あるのかな」
 女の傍らで、女と同じようにバイクに背を預けて座り込んでいたセーラー服の少女が、首をかしげる。
「あたしたちが狙われてるんでしょ」
「あ、そっか。さすがトンビ、目がいいな〜」
 セーラー服の少女は手に持った小さなビスケットにかじりついた。
「あたしが鳥になれたらなぁ」
 ライダースーツの若い女は、かじりかけのビスケットを片手に、まだ空を見上げている。
「ミズキさんて、けっこうロマンチストだよね」
 あっという間にビスケットを食べきった少女が、ペロリと唇を舐めて言う。
「大人の女性って、もっと現実主義者なイメージあったんだけど」
「なによ、サツキだって一度ぐらいは思ったことあるでしょ? 思春期真っ只中なんだから」
「思ったことないなぁ。私は陸上の高跳びやってたから、鳥になると反則なんで」
「そんな理屈?」
「そんな理屈。兎にならなりたいと思ってたけど」
「あらかわいい。似合いそうね」
「ミズキさんは鳥になったらぜったい猛禽類だよね」
「望むところだわ。猛禽類の目なら生存者捜せるでしょ」
「たしかに」
 サツキと呼ばれた少女が周囲を見回す。
 彼女たちがバイクを背もたれにして座っている場所は、幹線道路の真ん中だった。周囲の建物は崩れ、瓦礫になって道路になだれ込んでいる。信号機は息絶え、持ち主を失ったホバーカーがところどこで迷路のように行く手を塞いでいる。
 主要国家による激しい戦争、立て続けに起きた大規模な地殻変動。たった一年の間にさまざまな災厄が降りかかり、世界中がめちゃくちゃになってしまった。地球上で機能している国家は、もうどこにもないだろう。そして、ミズキたちのように五体満足で生存している人間も、ほとんど残っていないだろう。
 ビスケットを飲み込んだミズキが、ヘルメットをつかんで立ち上がった。バイクにまたがり、まとめた髪の上にヘルメットを被る。
 トンビがまたピーヒョロロと鳴く。
 ミズキに続いて後部座席にまたがったサツキが、ヘルメットを被る前にぽつりとつぶやいた。
「そういえば、トンビって腐肉も食べるんだったっけ。どうりで、人が多かった場所に出没するわけだ」
「げ、やめて嫌な想像させないで」
「私たちもトンビのような食性があれば、昼食がビスケット三枚だけなんてひもじい思いしなくてすむのにね」
「怖いこと言わないでよ。あたしはそういう意味で鳥になりたくはないわよ」
 ミズキがバイクのアクセルをふかす。そのエンジン音に負けじとサツキが叫ぶ。
「そうやって鳥を差別するのよくないよ、無駄のない命の循環でしょ!?」
「これだからSDGs育ちは!」
 ミズキがバイクを発進させる。ホバーカーの間を縫うように走るバイクの影は、アスファルトの埃に隠れてじきに見えなくなった。
 トンビだけが、まだ空を悠々と舞っている。

8/22/2024, 3:32:17 AM