すれ違いざま、テーブルに置かれた左腕にさり気なく触れる。それが合図。それ以外はいつもと同じ。
会話も、食事も、仕事も、いつも以上でも以下でもなく、周囲には決して気付かれないように。
そうして、夜を待つ。
深夜。
昼と同じテーブルで、昼と同じ姿勢で指を組む。
響く靴音。ゆったりとした足取りが、彼が来た事を告げる。
「××××××××·····」
心地よい低音が、囁くようにそっと名を呼ぶ。同時に背後から伸びてきた手が、昼と同じように左腕に触れる。
昼間と違うのは、左腕に触れた手を逃すことなく掴んで立ち上がったこと。そうしてそのまま、二人で連れ立って歩き出したこと。足早に、何かから逃れるように歩いて、やがて飛び込んだのは誰も使っていない埃の積もった空き部屋。
鍵が閉まる音と同時に唇が触れる。
暗闇のなか、縋る感覚と吐息だけが互いの証。
はらりと、長い髪が解けた。
◆◆◆
朝。
「おはよう」
「おはようございます」
私と彼はいつものように挨拶をする。
会話も、食事も、仕事も。いつも以上でも以下でもない。今日はすれ違っても左腕に触れることはない。
今夜は帰る時間も方向も別々になるだろう。
左腕にそっと触れる。
それが合図。
そしてそれは·····二人だけの秘密。
END
「二人だけの秘密」
5/3/2024, 3:28:46 PM