【生きる意味 小説】
生きる意味を問われたところで、そんなものは知らない。と答える人間がほとんどだろうと僕は思う。
哲学的観点から言えば、人間は生まれた瞬間から死ぬために道を進んでいるのだ。
その過程で得たものはただの目標やゴールにしているだけで、それは単なる通過点なのである。
なんて、ご高説を垂れる教師は今日も今日とて絶好調だ。
皆の頭がまだ覚醒には至らないような早朝一限目。
運悪く担当教師が休養し、ぺちゃくちゃと余計な事ばかりを話す副担当が教鞭を執っていた。
かれこれ30分はこの状態である。
同じ体制を保つのにも飽き、頬杖をついた状態から少し背筋を伸ばして辺りを見回してみれば、案の定夢の世界へと船を漕いでいる者や退屈そうに欠伸をする者。ノートに何かを書き込む者、隣の席の友人と会話をする者、諦めて机に伏せて沈黙を保っている者など様々だった。
「えらいなぁ。あんな教師の話、まともに聞いとるんや。」
そんな中突如聞こえてきた声の方を向くと、いつもは毎時間眠っているはずの隣席の人間が珍しく起きていた。
僕の記憶では一度も話したことがないはずだが。と、念のため後ろを確認すると「間違うてないで。」と彼はいった。
「起きてたのか。」
「おん。さっきの時間ずっと寝とったからな。」
「一日中寝てるのかと思ってた。」
「そない睡眠欲高くあらへんで。」
そうかと頷いて目線を先生の元に戻す。それ以上話すこともないだろうと思ってのことだが、彼は違った。
「生きる意味、あんたは持っとるん?」
にっこりと唇を弧に描いて、目を細める。表情こそ笑っているが、細まった目の奥はひどく冷め切っている気がした。
初対面という訳ではないが、初めて話す相手にする質問にしては難易度が高すぎないか。
こいつ失礼だな。と感じながらも、そのまま会話を中断させるのは些か気分が悪い。
「生きる意味…。」言葉を復唱して考えてみることにした。
僕の生きる意味とは何か。
そこでふと思い出したのは、いつかに聞いた妹の言葉だった。
「人生はエンターテイメント。」
退屈そうに本の中の活字を目で追っていた妹は、独り言のように呟いていた。
「私が読んでいる本のように、人生は苦痛と娯楽で溢れてる。それはもしかしたら誰かに描かれた物語かもしれないし、気まぐれに出来上がったゲームの中なのかもしれない。」
本のページを捲る音が嫌に大きく聞こえたのが印象に残っている。普段はふざけた態度が目立つ妹の、無感情な表情が怖かった。
「読者が退屈に思わないように、私たちは物語を紡がなければいけない。もしもそうなら、私はとびっきり面白い人生を歩んでやる。それこそが最高のエンターテイナーだよね。」
その言葉は僕には理解不能で奇怪的なアイディア。
明らかに何言ってんだお前。という表情を表したであろう僕を、いつの間にかこちらに向いていた薄墨色の瞳はイタズラを考えている時のような楽しげな色をしていた。
人生はエンターテイメント。もしも本当にそうならば。
「僕の生きる意味は、妹に悪戯の仕返しをするためだな。」
目の前の深緑の瞳は、僕の答えに目を丸くして何度か瞬いた。
そうして数秒停止したかと思うと、突然頭を机に伏してこ刻みに震え始めた。
抑えきれないほど笑っているというのは、今日初めて対話をした僕でもわかった。
「ふッ……くっ…あ、あんたッ…意外とおもろいんやなあ!」
あまりの衝撃に耐えきれなかったのか、授業中なのも忘れて彼は「あははっ!!」と声をあげて笑いはじめる。
元々彼が天真爛漫な問題児なのもあり、彼は教師に注意されるだけで終わった。
彼の注意で話をする気が無くなったのか、今まで無駄話を繰り広げてた教師が授業に戻る。
教師が黒板に向き直ってもなお笑い続ける彼に半ば呆れていると、彼は笑いすぎて出た生理的な涙を拭いながら。
「俺も、あの教師にどんな悪戯仕掛けてやろうかって考えて生きとるわ!」
と太陽のように明るい顔で笑った。
「ほどほどに。」
と真顔で言ったつもりだったが、彼の瞳が悪戯っ子のように細められたのを見て、ああ失敗したな。とつい笑ってしまった。
4/27/2024, 3:59:54 PM