しつこいな……。
イヤホンをつけて携帯電話から視線は外さずにいること5分。
駅前で携帯電話をいじっていたら暇だと思われたのか、女性に声をかけられ続けていた。
ポケットティッシュやエナジードリンクの試供品なら受け取るつもりだったが、そういうわけではないらしい。
宗教勧誘だとしたら面倒だからそのまま沈黙を貫いているが、なかなか離れてはくれなかった。
もしかしてこの格好で人と会うわけがないと思われている!?
今日は彼女と3回目のおでかけデートだというのに、気合いが足りなかったのだろうか。
やはりここは推しのプリントTシャツと推しのスポーツタオルと推しのリュックサックで行くべきだった。
己の選択のミスに舌打ちをしたところで、彼女の気配を察知する。
あ、きた。
予想通り、彼女は足早に駆け寄ってくるが俺とは目を合わせてくれなかった。
真紅のリップを引いた彼女は傲慢に笑みを作って俺の横に立つ女性に向かって声をかける。
「おねーさん、ごめんなさい」
深い緑色のフードがついたTシャツとベージュのワイドパンツで秋めいた穏やかな装いでまとめた彼女は、俺と女性の間に割って入る。
そして、ためらいもなくその細い腕を俺の左腕に絡めた。
「!?」
なんかかわいいのがくっついてきたんだがっっっ!!!???
初デートで恋人繋ぎをしただけで、恥ずかしがってブチギレたのにっっっ!!!???
「そこのおにーさんはこれから私とデートを始める予定なんです」
おにーさんっ!?
お兄さんって俺のことで間違いないですかっ!?
年下のおにーさんとか最高ですね!?
頭の中で言葉が溢れてくるが、彼女はこの女性と対峙することに決めたらしいので黙っていることにした。
「彼を誘うなら、このあとのデートを見守ってからにしてくれますか?」
俺が無抵抗なのをいいことに、彼女は見せつけるように密着度を上げてきた。
腕に柔らかな感触が伝わり、全神経が左腕に集中する。
控えめに主張する幸せな温もりに頭が沸騰しそうだった。
生唾を飲む間もなく彼女は不敵な笑みを崩さないまま、よそ行きの声を艶やかに弾ませる。
「でも、朝まで帰すつもりはないからそのつもりでいてくださいね?」
「!?」
しかも朝まで彼女の時間を拘束できる許可までいただいてしまった。
反射で叫ぼうとしたら不自然なほどきれいな笑みを作った彼女と目が合う。
にっこり。
と、笑顔を深くした彼女は目だけで訴えてきた。
余計なことをしたら処す、と。
おそらく発言だけではなく行動も含まれているだろう。
しかたないからうなずくだけに留めておいた。
彼女は数回ラリーを交わしたあと、戦意喪失して立ち去る女性を軽く手を振って見送る。
満足そうに鼻を鳴らしたあと、俺から腕を抜いて歩き始めた。
「あれ? 行かないの?」
歩みを止めて振り返る彼女に、先ほどの好戦的な雰囲気はない。
立ち尽くす俺を不思議そうに見つめていた。
「いえ、あの。俺、朝まで一緒にいていいんですか?」
「……え?」
数回瞬きをしたあと、彼女はきまり悪そうに口元を覆う。
「……ごめん。今日はずっと一緒にいてくれるものだと思ってたから、つい……」
瑠璃色の瞳を切なげに揺らす彼女に、俺は硬直した。
あざとさしかない据え膳に身悶えしそうになる。
「え、あ、ちょっ、……っ、…………マジすか……」
「ごめん。都合だってあるのに、勝手に舞い上がっちゃって」
舞い上がってくれたのか。
「……そんな言い方して、期待するけどいいんですか?」
「わ、私も、期待してるから。大丈夫……」
青銀の髪の毛を白磁のような指先で遊ばせる。
羞恥、期待、不安、ないまぜになった感情を整理できないまま彼女は俺に縋った。
無理っっっ!!!!
かわいいっっっ!!!!
頭が真っ白になった俺は、彼女をきつく抱きしめたのだった。
『Red,Green,Blue』
9/11/2025, 12:54:11 AM