朝起きると、置き手紙と共にマグカップが置かれていた。
さよなら、紙面にはそんな一言だけが書かれている。
僕はカーテンに歩み寄り、さっと開けた。空は分厚い雪雲が占めている。ベランダに置かれた洗濯機の上や手摺に雪が積もっていた。
昨日のあの人の悲しみに満ちた顔、微かに聞こえたあの人の愛してるの言葉。僕も愛している。今でも。
だけど。
手を離したのは、先に手を離したのは、たぶんあの人じゃなくて。
引き止める事は出来たはずなのに、しなかった、できなかった。手を伸ばせなかった、僕だ――。
僕はマグカップを手に取る。マグカップには黒いチューリップの柄がデザインされている。
――僕は忘れない、この日の雪とあの人を、たとえあの人に忘れてと言われても、僕は忘れない。
雪は白く、ゆっくりと音もなく降り積もる。
6/15/2025, 1:08:21 PM