アサギリ

Open App

【岐路】


生まれた瞬間からふたりぼっち。
片方が微笑むとこっちも嬉しくなって。
片方が大泣きするとつられて涙腺が緩んだ。


いつも、一緒。 どこまでも、一緒。

何をするにも、誰と会うにも、どこかへ行くにも。

いつも。いつまでもふたりぼっちの世界。


◾︎


夢を見た。幼い時の夢だ。ふわふわで、のんびりで陽だまりの中に、軽やかに流れる優しい夢。

僕と姉は、男爵の位を持つ家に産まれた。
レンガ調がとても素敵な街で、近くの森には、キラキラ光る湖が目一杯に広がる。

カートレット領

それが僕達の住んでる所であり、家名だ。

僕達ふたりの道が別れたのは6歳の頃。

家を守るために剣の道を進む僕と
家を繁栄させるため社交の世界の勉強をする姉。

力を地位を財力を示さなければならない僕。
家を家長を領地の民を護らなければならない姉。

交わるはずのないふたつの道。
志は同じなのに、離れて歩く道。

僕はその毎日が辛くって、屋敷の庭の大きな気の木陰に隠れて泣いてたっけ。
手のひらは剣だこが出来て、いつも痛くて。
父上の方針で毎日、帝王学の授業を家庭教師の先生方から教えを得た。

辛かった。悲しかった。
姉はいつもお茶会や、ダンスのレッスン。
キラキラ、ふぁふぁしてる世界が眩しく見えた。

なんで、僕だけ?
僕の事。嫌いなの???
なんで、一緒な姉は楽しそうなのに、僕はこんなに辛いの???


騎士団長様は言う。
「ビル様は将来、この領地を治める素晴らしい方になるのです!!」

執事のセバスは言う。
「お父上様も昔は、坊っちゃまと同じ様に悩んでおりました。」

父上は言う。
「お前は、いずれ私の後を継ぐ大切な存在だ。だからもっと頑張らねばならぬ。」

母上は言う。
「毎日、毎日。よく頑張っておりますね。これからもこの国のため、民のため。励むのですよ。」


誰も、僕を見てくれない。

……誰も!!!!!僕を!!!!!!



感情が爆発する。黒いなにかに覆われる感覚。
真っ黒い。ドス黒い。絡みつくような、黒いなにか。
嫌な気持ちでいっぱいになる。
苦しい気持ちでいっぱいになる。
息が出来なくて、涙が止まらなくて、寂しくて。
心做しか冷たくなっていく身体と心。
僕だけがひとりぼっち。
誰も見てくれない。哀しくて、寂しいひとりぼっち。

………助けて。一人にして。

……比べないで。 もっと上手くやらないと

…僕を見てよ。 こんな僕を見ないで


怖い。恐い。こわい。怖い。こわい。恐い。怖い。恐い。怖い。恐い。恐い。怖い。こわい。こわい。恐い。怖い。恐い。怖い。こわい。恐い。


そんな時だった。
…ふと、感じる暖かさ。
ほんのりと包まれる寮の手のひら。
あったかい、声が降り注ぐ。

「だいじょうぶ。だいじょうぶよ。ビル。」

声のした方へ、そっと顔を上げる。
眩しい光が目の前に広がり目が眩む。
伸縮する瞼にボヤける視界。
目の前には、真っ赤と黄色。それから見慣れた白色があった。

「お、ねぇちゃ…………ねぇ、さま…???」

声が震えたのを感じた。
なんで??
吃驚したから??
でも、それよりも…なんで…。

「…姉様。お歌のレッスンは?なんで、ここに…」

真っ赤なフリルのドレスにつま先までピンッと伸びた背筋。
僕とお揃いの、光に輝く、真っ白な雪のような髪の毛に、目尻の下がった穏やかな瞳。

僕の大好きで、とても憎い片割れの姿がそこにあった。

「わかるよ。ビルがどこにいるのかなんて。」

姉はそう言いながら、僕の隣。芝生の上にそっと座る。いつもはハンカチの上に座るようにしてたのに、今日はドレスのまま。

僕は口をパクパクさせてしまった。

「えっ?!だ、ダメだよ!母上に怒られてしまうよ!!」

僕の慌てぶりに、姉はいつも以上に目尻を下げ大きな口を開けて笑った。
僕は意味がわからなくて、ぷぅっと頬が膨らむ。

「なぁ?!なんで、笑うのさ!!!!ローゼのバカ!!!」

上も下もない僕達だけど、母上や父上がそう言うように言い含められてきた言葉が、ポロッと抜け落ちた。

「だって。ビルがやっと泣き止んだから。」

えっ???

「ビルずっーーと、泣いてたでしょ?おめめとけちゃうよ。」

おめめってとけちゃうの????

姉の言葉にクエスチョンマークがぐるぐる回る。
それから姉は色んな話をしてくれた。
お茶会のマナー。
ダンスのレッスン。
話し方や所作の有無。
社交界での暗黙の了解。

僕以上に色んな人と関わる不安と緊張。
両親や家臣達からの期待の重さ。

楽しそうに話す姉にも同じくらいの悩みがあることを知った。
僕は思ったんだ。………なんだ、姉様……ローゼも一緒だったんだ。
同じ重いを味わって、同じ想いに振り回されて。

思い。想い。重い。おもい。


気付けば、ふたつに別れてた道。
ふたりぼっちの小さな箱庭に、気付けば、色んな【思い】が増えていったんだね。
これからも沢山悩むと思う。
いっぱい苦しんで、いっぱい泣いて、でもふたりなら大丈夫。例え、それぞれの宝物が出来たとしてもふたりなら。

6/8/2023, 12:59:26 PM