かたいなか

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前回投稿分からの続き物。
最近最近の都内某所、某不思議な稲荷神社近くに、
深夜の限られた時間にだけ店を開ける人外御用達のおでん屋台が、時々出没しておりまして、
その夜は「こっち」の世界に仕事に来ている異世界出身のドラゴンが、人間の姿でご来店。

「珍しいな」
先客の雪国出身者さんに挨拶して、
「お前の方から、俺をメシに誘うなど」
そして、屋台のおっちゃんに、まずお味噌汁を注文して、それにパッと一振り。
紅色の和製スパイス、一味を咲かせたのでした。

雪国出身者は名前を藤森と言いました。
都内某所の私立図書館に勤めておって、前回投稿分のおはなしで3日間の出張を命じられたところ。
その藤森の出張先が、このドラゴンの職場。
ドラゴンは職場で「ルリビタキ」と呼ばれ、法務部に所属しておりました。

「あなたなら、何かご存知だろうと思って」
膝にのせた子狐の爆食っぷりを放っといて、藤森、ルリビタキに言いました。
「私と私の後輩と、後輩のそのまた後輩が、3人まとめてあなたの職場への出張を命じられました」

「ウチの予算増額まつりへの参加、だろう?」
知ってる。ルリビタキの返答はシンプルでした。
「来れば分かる」
すなわち、回答拒否。黙秘です。
「今日は俺のおごりにしてやるから、何も聞くな」

「何故です」
「黙秘」
「私にも知る権利はある」
「黙秘だ」
「少しくらい話してくれても良いでしょう」
「俺が初めて飲んだ味噌汁のハナシでもするか?」

「条志さん、……ルリビタキさん!」
「店主。こいつにも味噌汁1杯」

完全黙秘を続けるルリビタキです。
藤森のおでこにはシワが寄ってしまって、比較的大きな短いため息が夜風に溶けます。
藤森の膝に足をかけておでんをちゃむちゃむ食べておった子狐は、藤森の心を嗅ぎ取ったらしく、
大好きなお肉を藤森に、ぷい、と差し出します。

「ルリビタキさん」
藤森は話し足りないらしくお肉を受け取りません。

「最初に飲んだのはな。こういう紅色の一味を散らした、赤味噌だか合わせ味噌だかの1杯だった」
ルリビタキも藤森の要望を知ってるくせに、
紅色一味の味噌汁の、
つまり「紅の記憶」を語ります。

食べないなら、キツネ、食べちゃうよ。
子狐は大人ふたりがちっとも構ってくれないので、
そのまま大好きなお肉も、藤森のお皿のお肉も、ルリビタキのお皿のお肉も、全部ぜんぶ、ぺろり!
幸福に、堪能してしまいました。

ところで、そうこうしている間に、ルリビタキの個人端末にメッセージの着信が入ったようです。
「ツバメか」
ルリビタキはチラっと藤森を見て、
「ふむ」
それから、チラッとメッセージを確認して、
「なるほど?」
わざと、メッセージが藤森にも見えるように、端末を少し、すこーし、傾けました。

メッセージはたった十数文字。
『ヒバリが口紅をドワーフホトに貸し出しました』
藤森はピンと来ませんでしたが、
ルリビタキは「口紅」が意味するところを、その口紅の記憶によって、よくよく理解しておりました。

「なんだ口紅って」
藤森がついついポツリ、言いますと、
「うん」
ルリビタキは藤森に、自分の中の例の口紅の記憶を、共有してやったのでした。

「『七色の口紅セット』。ウチの局員が所有しているアイテムのうちのひとつだ」
「はぁ」

「なかなか規格外な武器というか、兵器でな」
「口紅が?」
「紅色の口紅のキャップを取ると酷い出力の高温高密度レーザーが出る」
「は?!」

「お前が出張を命じられた理由の予算増額祭りのバトルロイヤルで、それを出場予定の1人が」
「使うのか?!」
「使うなぁ」
「は?」
「使うだろうなぁ」
「はぁ……??」
「エグいぞ?俺の、あの口紅の記憶が正しければ」

紅色和風スパイス、一味の記憶と、それから不思議な口紅の記憶のおはなしでした。 おしまい。

11/23/2025, 6:11:54 AM