かばやきうなぎ

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やさしくしないで

あーあ、ほらね。
視線の先にある光景にひっそりとため息をつく。
目の前にはお優しいと自他共に認める青年の姿。
いいように使われちゃって。

呆れてものも言えない。
きっと誰もが彼を見て優しい人だと声を揃えて言うだろう。その結果がアレ。ニコニコニコニコ笑顔を振り撒くからアレやこれやと頼まれて必死になって働いている。
どいつもこいつもそんなもの押し付けないで自分でやればいいじゃない。

いいよいいよ、なんて馬鹿みたいに二つ返事。
つけ込まれるに決まっているのに他人の評価なんかの為にどれだけ自分を切り売りするのか。
見ているこちらがイライラしてしまう。

舌打ち一つで立ち上がる。
余計なことなんてしたくないのに馬鹿みたいに大量の仕事を押し付けられてる姿が視界に映るのは我慢ならない。

『そっちやるから』
ネイルの伸びた手でひったくるように資料を半分引き抜いた。書類が雪崩を起こして慌てて拾ってぶっきらぼうにハイ、と手渡すとまんまるの目がこちらを見ていた。

『あ、ありがとう』
ごめんね、なんてヘラヘラ笑うから本当にムカついてくる。
『自分でやれる仕事量くらい考えたら?こんなの無理じゃん。断りなよ』
イライラしてる分トゲトゲしい声になる。こんなんだからお局、なんて陰口言われるんだとわかっていても言わずにはいられなかった。
『ありがとう、優しいね』なんて呑気に言うものだから余計に火に油だ。私の中の苛立ちにメラメラと怒りが燃え盛る。
『優しいのはアンタでしょ。でもこれ、優しさじゃ無いから』ドカドカとデスクに戻ってパソコンに向かう私を遠巻きに同僚が避けていくのにさらに苛立ちが増えた。




『おいおい、お局に絡まれてたのか?』
ギラギラとした長いネイルとキラキラした金髪を靡かせた彼女が怒りのオーラを纏って去ってからしばらく。
僕に自分の作業を半分押し付けた同僚がニタニタしながらやってくる。
おーこわ!なんておどけてみせる姿にから笑いで返す。

優しいかぁ。

目に怒りを携えて無償の優しさで他人の為に怒る事が出来る君の方がずっと優しい。

僕は単純に怒るのが怖いだけ。拒絶された時が怖いから穏やかで居たい。それを勘違いされてしまうだけなんだけど。
君だけなんだ。僕が困っていることに気がついてくれた人。手助けしてくれるのも、必要かどうか相手の状況で判断するのも。感謝の押し売りはしない、それがどれだけ難しくて誤解を招くのかは君の優しさを知ってる僕だけで居て欲しい。
見返りや報酬ではなく信念で相手ひ必要なだけ優しく出来る君が羨ましいと言ったらどんな顔をするだろう。

隣の同僚は彼女を楽しげに悪様に言うからちょっとだけ僕も勇気を出して『そんな事ないよ、彼女はとても優しい人だと思う』と返す。
ハァ?なんて怪訝な顔をする君には知られたくない。
ね、僕は優しくなんかないだろう。
本当の意味で優しい彼女の優しさを気付かれたくない。

『なんでもない!仕事に戻ろう!』
いつも通りにいつもと同じ笑顔を浮かべて僕はいそいそと仕事に戻った。

2/4/2025, 9:17:20 AM