いつのまにか、母のむねのあたたかさを忘れている。
わたしは、左右に田んぼが広がるコンクリートの道で、自転車を押していた。
パンクしているわけではなかったが、自転車を漕ぐには、そのちからがなかったからだ。
つらく、夏日がわたしをひっかき、飴水のような、べとべとした汗が、わたしを撫でる。
くつがあんなに重く感じたのは、はじめてで、わたしは、ひどい足取りで、その道を歩いていた。
自転車は、なんどもわたしのスネへ、自分のペダルをぶつけてきて、わたしはそのたび、こらえていた涙をふつふつこぼす。
とほうもなくつらかった。
さきをみると、道のはじっこで、若い草が生え、狭い草原があるのを、確認する。
しかし、だからなんだと思った。
上を見あげると、晴れているはずだが、なにか薄気味悪く、青い空が黒くみえる。
ついにわたしは自転車のカゴにはりついている、かたかけトートバッグをさぐった。
母に、迎えにきてもらおうと考えたのだ。
大した荷物も持たずに、来たから、トートバッグはほとんどしなだれていて、ただの布みたくなっている。
そこにわたしはてをつっこんで、必死で携帯をさがした。
サウナに、てをつっこんで、それをせわしなく動かしていたから、とうぜん手は汗でべとべと。
わたしは、泣きそうな顔でトートバッグからてをひっこぬき、諦めてまた、とぼどほ歩いた。
携帯電話は、家に忘れてきたらしい。
わたしは「ううう」とうめいて、自転車のハンドルにひたいをくっつけ、たおれこみそうな、不安定な体制で、よろよろ歩いた。
もはや、泣くことをガマンするのも、バカらしくなってきて、それより、歩くこともイヤになってきて、道からそれて、若い草をふみ、そこに自転車を押し倒した。
思ったよりヒドイ音はせずに、ただ自転車はたおれ、車輪がクルクル回って、わたしはそこにヒザをついて泣いた。
汗と涙は同様にしょっぱく、涙はさらさらと頬をながれ、汗は熱をもって、わたしの体から離れようとしない。
夏日は田、草花を照らし、生きる糧をあたえて、虫や人間をやき殺す。
わたしは、人通りのない道のわきで、一生懸命に声をはりあげて泣いた。
誰かに見つかりたくない、というよりは、誰かに見つけてほしくて、泣いた。
女々しく、つらく、バカだった。
わたしはただ、こんな気持ちでいた。
自分を誰も知らない、自分がなぜ泣いているのか、なにを辛いのか誰も知らない。
みんな自分がかわいいだけなのだ……
どうしようもない、バカだと思う。
わたしは幼く、幼稚で、背も低く、子供だった。
子供に戻りたいと思うときもある。
しかしつらいことばかりであることも、目に見えている。
5/13/2024, 4:50:38 AM