【踊るように】
『もう、私らで活動するのは無理だよ。』
もうとっくに日付を越している私たち。
次の日に生きているってなんだかカッコいいよね。
防音シートが何十も貼られた2DKの部屋の中。
狭い部屋には不恰好な高級機材ばっかり。
この部屋の主、ハルは顔を引き攣らせて疑問の声を上げた。
『だって、全然売れないし、後から来た人たちばっかり人気になってって、生活だって厳しいのにチケット代も売れないから自分で建て替えなきゃだし、、』
ハルの顔を見れなくて、徐々に顔はフローリングへ落ちて行く。
猫のキャラクターが可愛く描かれた靴下が私の目いっぱいに広がっていく。
『なんで、、?私たち、頑張って有名になろうって決めたじゃん!まだいけるよ!チケットだって、路上ライブで何とか、、』
嗚呼もう、私とは正反対。
ポジティブ思考が今は腹立たしい。
『何とかならないから厳しいんでしょ?!アンタは歌の才能がある。でも、私はただ、吹奏楽部でドラムやってただけのただの素人だよ?他のメンバーだって、大学のサークルで見つけた寄せ集めみたいなものだったし!もう嫌なの!!アンタに付き合うのは!!!』
空気が震えた。
外には防音シートのおかげで聞こえてない。
でも、、私は今、言ってはいけないことを言ったんだ。
そう思った。
顔を上げたら、今度はハルが顔を俯かせていた。
白いフローリングに水滴が落ちる。
『どうして、、?ホントにもう少しなの、頑張ろうよ、、』
『それが、、できないんだよ、みんなハルと同じってわけじゃないの。』
そう言い残してハルの部屋を出た。
バタン
と、ハルの部屋のドアが無機質に閉まった。
ハルと私の間に、一生消せない亀裂が入った。
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その歌声に出会ったのは、高校生の時だった。
1年の後半になっているのにも関わらず、私は友達0人。
部活にも所属してないし、グループにも入れてなくてひとりぼっち。
断れない性格だから、気の強い人に振り回される。
今日も半ば強引に押し付けられた日直の仕事を終わらせて、窓から覗く夕陽を見ながら虚しい気持ちになっていた。
そんな時だった。
ラ〜ラララ〜ララ〜
何処からか聞こえてくる真の通った歌声。
そして美しく踊るように舞う旋律。
『きれい、、』
私はそう溢していた。
歌の聞こえる方向に自然と足が向く。
疲れが一気に取れる。
自然と足がリズムを刻み、腕が優雅な曲線を描いて宙を舞う。
ステージ上のバレリーナの如く、廊下で踊り狂った。
『ねぇ!』
突然聞こえていた大声に私は動きを止めた。
瞬時に状況を理解して顔に熱が集まる。
『な、、、何でしょう、、』
『一緒にステージに立たない?』
私の両手を握って、目をキラキラ輝かせて。
後に彼女が歌声の主だと聞いて私も自分の鼓動が早くなるのを感じた。
この子となら、ハルとなら、私もステージに立って有名になれるかもしれない!
私は二つ返事で了承した。
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吹奏楽部でドラムやってたって言ったら、大喜びだったっけ。
でもこの業界の厳しさと、狭さを知った。
ボーカルのハルはよく言えばポジティブで、悪く言えば全く現実が見えてない。
ギターとベースも辞めてった。
ドラムの私は彼女に同情して、しばらくは続けていた。
いつもお腹を空かせる貧乏生活。
親と縁を切るつもりで上京したから、親を頼ることもできない。
大学の奨学金だって返さなきゃならない。
もう、、音楽だけで稼げない。
ごめんなさい。ごめんなさい。
一緒に目指そうって言ってくれて、嬉しかった。
高校唯一の友達でいてくれて、嬉しかった。
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久しぶりにテレビをつけたら、音楽番組をやっていた。
期待の新人枠で登場したのは、3年前に別れて以来一度も連絡をとってないハルだった。
『ハル、、!』
彼女の歌声がスピーカーいっぱいに聞こえて、高校生の頃を思い出した。
鈴音のように繊細で、それでいてそこから湧き上がってくるように力強い。
『ハル、、』
彼女の歌が、好きだった。
私は彼女の映るTVに向かって、一緒に踊るように歌った。
私とは比べ物にならないくらい綺麗で聴き惚れる歌声は、きっと今も何処かで不特定多数の誰かを魅了しているのだろう。
私は歌った。
彼女の明るい未来を祈って。
9/7/2024, 11:53:40 AM