『無色の世界』
老人はとうとう色の区別がつかなくなってしまった。
齢七十を過ぎた頃から、目に映るすべてのものが彩度を失いつつあった。それが全くのモノクロームになった。
医者にかかっても症例がないと言われ、ただ世界が色を失うことを受け入れることだけしかできなかった。
老人は画家であった。彼の住む島に生い茂る杉を、墨の濃淡で描くことに生涯を捧げていた。
今、彼の目に映る世界はまさにそのキャンバスと同じようになった。
それと同時に、彼はキャンバスに向かうことをやめてしまった。
老人の息子がある日尋ねた。
「父さんはどうして絵を描くのをやめちゃったんだい?」
「何を描いてもただ写実になっちまうからさ。」
4/18/2024, 9:37:53 PM