たろ

Open App

※閲覧注意※
溺れる様な描写があります。
呼吸困難や過呼吸を思わせる表現があります。
苦手な方は、回れ右かスキップ回避を。

【君の声がする】

暗闇の中。
右も左も、前も後ろも、判らない。
上も下も覚束無い感覚の中。

『―――ゃん、起きて!』

誰かに呼ばれた気がして振り返る。
急に流れてくる水の音。
せせらぎの様な綺麗な水音に心癒される気がしたのも一瞬で、ゴボゴボと引き波に呑まれたような心地になる。

『―――ちゃん!』

ちょっと苦しい。
何故かは解らないが、とにかく水面を目指さなくてはと思った。

『かっちゃん!』

懐かしい声に惹かれるまま、キラキラと光る水面に手を伸ばした。
暗い闇が、澱の様に足に纏わりついている気がした。

『―――っ、かっちゃん!』

温かい手が、自分の手を捕まえて、水中から引き揚げてくれた。


「―――っ、っ!」
ざあっと水面から顔を出した時の様に、水音が引いてゆき、ゼェゼェと肩で息をし、喉の奥に絡まった何かがゴロゴロと音を立てる。
「かっちゃん?口、タコさんのお口にしてくれる?」
耳の奥が異様に煩いのと、何が起きているのか理解出来ずに混乱する頭と、グラグラする程の息苦しさでどうにか成りそうだった。
「―――っ、ふっ、ぅうぅ。」
乾ききって痺れる唇を無理矢理に動かして、言われるままに唇を『う』の形にした。
「そのまま、お腹に力入れて。うーって言ってて?」
うまく動かない唇は痺れ切っていて、相変わらず痺れたままの手足はピクリとも動かず冷え切っている。
「上手、上手だよ?かっちゃん。深呼吸しよう。お腹に力入れて、まず吐き出すよ。肺を空っぽにしよう。そしたら、勝手に空気が入ってくるから。」
熱い手が、冷え切った手を腕を擦る。
「く、るし…。さ、さむ…。さ、寒い。」
乾いた唇がわなわなと震え、苦しさが引いていくと、急に寒気が襲ってきた。
「うん、寒いね?今、暖かくなるやつ入れたからね?もう少ししたら温まってくるよ。」
寒気による震えが、全身に広がって行く。
「…大丈夫、大丈夫。苦しさは引いてきた?痛いとこ、ある?」
握られた手は急に熱々のカイロに包まれたかのような熱さを感じて、意図せず涙が零れた。
「うぅっ。手足と口元が、少し痺れてる。身体が、寒い。めちゃくちゃ、寒い…。」
しゃくり上げる様に泣き出してしまう。涙が止まらない。
「大丈夫だから、泣かないで?かっちゃん、もっかい深呼吸しよう。さっきの上手だったから、もう一回やってみよう?」
急に息苦しくなって、慌てて唇を『う』の形にする。
「わぁ、上手!かっちゃん、完璧じゃん!スゴいよ〜。えらぁい!」
良い子良い子!と褒める声と、冷たい手を取って冷たい腕を撫でる熱い手が、まるで生命の様に感じた。
「かっちゃん、いい子。えらいよ、がんばってるね。大丈夫、大丈夫。ゆっくり、ゆっくり呼吸してみようか。」
上体を起こすように、軽く抱き上げてくれる身体が燃えるように熱くて、生命に包まれているような気がした。
「―――っ!」
急に入ってきた空気に、強張った肺が驚いて抗議してくる。
「おっと、びっくりしちゃったね。吸うのは少しずつにしよっか。吐き出す方を意識しよう。」
冷え切った両肩から腕を擦る手と、寒気しかしない背中を上体で支えながら温めてくれているのを感じた。
「―っ、うぅ。か、かず…。」
ぎゅうぎゅうと後ろから抱き締めてくれる熱い腕と、何度も呼んでくれる声が、ここへ自分を引き戻してくれたのだと、強く感じた。




(以下、蛇足)
数年前の体験から。
本当に、水の音がしました(笑)。
音姫みたいな、とても綺麗なせせらぎの音。
きれいだなぁ、なぁんてのんびりしてたら、
『…んぇ?く、苦しい!何これ、溺れとるがな!?あばばばば!何とかせねば!』
藻掻くこと数十秒。まるで永遠のごとし。
「しっかり!戻っておいで!」
と呼び止めてくれた人が居たので、戻って来れました!
なので、自分の中では笑い話のつもりです。
でも、ちょっと思い出すと、やっぱり怖いので、吐き出させて下さい。
矛盾だらけで、ごめんなさい。

2/15/2025, 3:39:23 PM