真澄ねむ

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 その日は例年にない寒波だった。びゅうと身を切るほど冷たい風が辺りに吹きすさぶ。
 立て続けに三度、くしゃみをしたニェナを、メイナードは呆れたような顔をして見ている。そんなあり得ないほど薄い格好をしていれば、くしゃみをするのも当然だろう。一瞬迷ったものの、彼は彼女に自分の着ていた外套を羽織らせた。厚手のものではないが、ないよりかはましだろう。
「メイナードさん……?」
 口許をハンカチで拭いながら、ニェナは小首を傾げた。
「ないよりはましだろうから、羽織っていろ」
「メイナードさんは……?」
 彼女の心配そうな問いに、彼は肩を竦めて答えた。
「お前よりは着込んでいるから、そう問題はない。気にするな」
 本当に? と言いたげに彼を見つめていた彼女は、はっとしたように顔を背けると、口許をハンカチで覆った。くちゅんと肩を震わせてから、彼女はおずおずと言った。
「……ありがとうございます」
 そう言いながら、ニェナは済まなそうにしゅんと肩を落とした。
 ここで生まれ育って、もう両手では数えきれないほどになる。今までこんなに寒い日はなかった。ここは大陸の中でも温暖な気候の地域で、冬の季節でもこんなに冷えたことはなかったのに。
 ニェナのしょげた姿を見て、メイナードはふっと口許を綻ばせた。大きな掌を彼女の頭に載せると、ぎこちなく撫でた。
「この寒波がすぐに去るとは思えないから……まあ、しばらくはその上に、少なくとももう一枚は着ておくべきだな」
 こくりとニェナは頷いた。
 ぽとりと鼻先に水滴が落ちたような気がして、彼女は空を仰いだ。
「どうかしたのか?」
 頭上には曇り空が広がっているものの、雨粒は降っていない。気のせいだったかと、彼女は空を見上げたまま首を横に振った。
 そのとき、ちらちらと白いものが雲の隙間から舞い落ちてくる。それは始めはちらちらと、徐々に量を増して降り出した。
 彼は空を仰ぐと口を開いた。
「ああ……雪だな」彼女を見やると、きらきらした目をして、それをじっと見つめている。「初めて見るのか」
 ニェナは彼の方に振り向くと、満面の笑みで頷いた。その彼女の笑みに釣られたように、彼も穏やかな微笑みを浮かべたのだった。

1/8/2024, 9:50:05 AM