東雲 陽

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もっと知りたい

 踏み込まれる度に同じだけ後ろへ下がった。正面から向き合おうとする相手に失礼だと知りながら、どうしてもその目を見つめ返せなかった。「教えて?」と問われる度に「これで全部」と嘘をついて、ありがとうねと話題を逸らした。

***
 邪魔をするのはいつだって過去の自分自身だ。領域を無遠慮に踏み荒らされたこと。まともに取り合ってもらえなかったこと。優しさを振り払ってしまったこと。押し付けられた義務感と上辺だけの親切心。強くいなければならなかったこと。気づけばいつも一人だったこと。そのうちそれを進んで選択するようにしていたこと。
 廃品回収の来ないゴミ捨て場に溜まったそれは未だ重く存在を主張している。

***
 「いいよ、どうでも」
 「よくないよ」
 何度目かの押し問答にうるさいな、と叫びそうになるのを必死に抑えて「わかったよ」とだけ返した。分かったならいいと矛を収めた相手に小さな罪悪感を覚えて思わず首を抓る。今が夜で、君が正面にいなくてよかった。こんなところ、絶対に見せられない。手はそのままに硬い声を無理やり柔らかくしてありがとうねと退避路を作る。己の行動はどこまでもおぞましくて、同時に優しい言葉を真っ直ぐ受け止められる心の綺麗さはもう随分前に失くしてしまったことを自覚した。

 知りたいと踏み込む1歩が大きな勇気を伴うことは知っている。
 それなりの覚悟があって正面に立たれているのも分かっている。
 離れていかないという言葉を信じたいとも思っている。
 確証は無い。経験もない。成功体験もない。再演なんて耐えられない。それでも、君を手離したくない。

 ──それなら、この先も抱えるのは一人でいい。
          汚い嘘は知らないまま幸せでいてほしい。
 
 知りたいことは、教えてあげられそうにない。
 たった一言の救難信号の出し方すら、もう私には分からないのだ。

3/12/2026, 2:03:12 PM