お題
「君と出逢ってから、私は・・・」
君と出逢ってから、私は・・・おそらく幸せなんだろう。生まれも知らぬ、育ちも知らぬ。気がついたら独りで居た。身寄りもなく、一人で生きて一人で死んでいくものとばかり思っていた。その日暮らしの日々を送り、当てもなく彷徨っていたところで君と出逢ったのは単なる偶然であろう。
君に付いていったのは、いわゆる胃袋を掴まれたというやつだ。何も君の人となりや容姿が気になったわけではない。うまいものを食わせてくれるというのに、乗らない話はない。ましてや今さら何が待ち受けていようと構わない我が身だ。
君の住処は清潔で暖かだった。そして良い匂いのする食事と、柔らかな布団。流浪の毎日ですっかり汚れた私の身繕いまでしてくれて、すっかり心を許してしまった。こんな暮らしが続くなら、天涯孤独の看板を下ろしてやらなくもない。そうして彼女と私の共同生活が始まった。
彼女が不在の時は、部屋で気ままに過ごしていた。仕事があるわけでもなく、街に馴染みたいとも思わない。ここだけが私の城だ。特に気に入っているのは彼女がよく使う椅子なのだが、座って寛いでいると帰宅した彼女に「また勝手に座って!」とたしなめられる。その顔は決して怒っている風ではなく、やれやれと言った感じだ。無理もない、身なりを整えた私は自分で言うのも何だがイケメンだからな。
一人で流離っていた時は何か崇高な野望があった気もするが、炬燵で丸くなっているとすっかり忘れてしまった。そうか、これが幸せというやつか。
5/5/2023, 2:26:33 PM