お題『君と最後に会った日』
俺の日課は屋敷の大浴場の掃除から始まる。
そのときも浴槽を磨いていた。
「はぁ……主様とお嬢様も、早くお風呂に入れるようになれるといいなぁ」
出産を終えられて一週間も経たない主様はいまだ体力が回復しておらず、腕と足の清拭と手湯をしてさし上げるのが精一杯だったのだ。
磨き上げた浴槽を水で流しているときだった。転がるようにしてやって来た、真っ青な顔をしたアモンに、急いで主様の寝室に行くように言われた。アモンは主様の一大事だ、とも言っていた。
とても嫌な予感がした。食が進むどころかむしろ減っていく一方で、拭かせていただく手足もみるみるうにち痩せ細っていっていたのだ。
蛇口を止めると濡れた手足を拭くのももどかしく、既に出て行ったアモンの後を追いかけた。
部屋の入り口は開け放たれており、主様を執事たちが二重三重に囲んでいるのが見えた。
到着した俺に気がついたベリアンさんが、主様が俺にも会いたがっていると言っている。枕元では医療担当の執事・ルカスさんが主様の脈を取っているのが視界の端に入り、俺の頭から血の気が引いていく。
執事たちを掻き分けて主様の元に行き、床に膝を付いて主様に呼びかけた。
「俺です、フェネスです。主様、いかがなさいましたか?」
俺の声に主様は微笑みを浮かべる。
「……ごめんね……あの子を、お願い……」
「主様、主様、そんなことはおっしゃらないでください、お嬢様には主様が必要です」
しかし俺の声は届いたのかどうか。
ルカスさんがゆっくりと首を横に振った。
6/26/2023, 11:24:17 AM