たやは

Open App

終点


終点でバスを降りて、だいたい5分くらい歩くと見えてくる小さなレストランが今日の目的地だ。なぜ、こんな山奥にこんなにも美味しいビーフシチューを出してくれるレストランが存在するのか。理由は分からないがとにかく超美味しい。

レストランに向かうために、初めてこのバスに乗ったのは小学生の低学年のころだ。
その時、バスの中でおばあちゃんに約束させられたことがある。

「いいかい。さっきの電車の駅に戻るまで、お前の名前は〝チィちゃん〟だ」

「なんで。チィちゃんはおばあちゃんの家の猫じゃん」

「そうだね。でも、今はお前がチィちゃんだよ。誰に名前を聞かれてもそれ以外の名前を名乗ってはだめだ。約束できないなら次のバス停で降りなさい。帰りのバスはすぐには来ないから駅まで歩きなさい」

「え〜。歩けない〜」

「そうかい。約束は守りなさいね」

おばあちゃんに約束させられ、ちょっと不貞腐れながらバスの座席に座っていれば、小柄で着物姿のおばさあんがバス停から乗ってきた。

「おや。久しぶりだね。魔法の。孫かい」

「久しいねぇ。砂かけの。孫のチィだ。」

こんにちはと挨拶をすれば、バスに乗ってきたおばさあんはニコニコとしていた。

このバスは、電車の駅が出発点で途中でショッピングモールや住宅街を抜けていくため始めの頃は人が多い。でも住宅街が抜け、トンネルを出たところのバス停あたりから人影はなくなり、代わりにちょっと変わった人々がバスに乗ってくる。そのほとんどか例のレストランのビーフシチューが目当てだ。目の前に座っているのは唐傘を被った人。通路をはさんで隣は手や足に水かきみたいなものがある人。時々はおばあちゃんの知り合いのように人間ような人もいる。
おばあちゃんと知り合いの人は、レストランに着いてからもずっと喋っていたので、私は大人しくビーフシチューを平らげた。あー。美味しい。超美味しい。

このバスは不思議なことにおばあちゃんと一緒のときでないと乗れないことが多い。一度友達を山奥のレストランに連れて行きたくで誘ったが、電車の駅から出るバスには乗ることはできたが、終点で次のバスに乗り換えようと思っても次のバスのバス停を見つけることができないのだ。そう。山奥のレストランは、終点の先の終点にある。最近は1人でも2つ目のバスに乗れるようになったので、ゆっくり気にせすビーフシチューを堪能している。
ようやくチィちゃんとしての顔が売れてきたのかもしれない。

8/11/2024, 12:00:46 AM