針間碧

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『愛と平和』

「正義のヒーローに!俺はなる!」
「いや無理だろ」
 開口一番、友人から辛辣な言葉を向けられてしまった。酷いなぁ。いつものことだけど。
「なんで無理なんだよ。なれるかもしれないだろ」
「じゃあ聞くが、果たしてどのようなヒーローとやらになりたいんだ」
「だから、正義のヒーロー」
「その正義は何かって聞いてんだ」
「それは、正しいことをする事だろ」
「その正しいことって何なんだ」
「何って言われても……」
 ここまで詳しく聞かれるとは思っていなかった。いつも通り、ただ一蹴されて終わるものと思っていた。だからこそ軽々しく口にしたというのに。案の定俺は具体的に話すことができず、友人を睨みつけながら黙り込んでしまった。友人はそんな俺を見て、すまない、少し言い過ぎた、と謝ってきた。
「別に全否定をしたいわけじゃない」
「でも最初に無理って……」
「どうせお前は具体案を考えてないだろうと思ったから無理って言ったんだ。イメージできないものになれるはずがない」
 そう言って、友人は少し考え込む仕草をし始めた。こういう時のコイツは、どう説明すべきか悩んでいる時なので、急かすことなく静かに待つ。間もなく話す内容がまとまったのか、仕草をやめてこちらを向いた。
「正義というのは、確かに正しいことをすることかもしれない。でも、ただ正しいことをするのがいいことにつながるとも限らないんだ。…試しに聞いてみるが、お前は嘘をつくことは正しいことだと思うか?」
「そりゃ悪いに決まってるだろ」
「お前ならそう答えるだろうな。じゃあ、たとえ話をするぞ。例えば、今目の前でとあるカップルが破局しようとしているとする」
「それってお前のことになるけど」
「例えだっつってんだろ。そのカップルは偶然にも両方ともお前の友人であった」
「やっぱりお前じゃん」
「黙れ」
「はい」
「破局の理由は、彼氏側に他に好きな人ができたから。ここまで聞くと、どちらが悪い?」
「そりゃ勿論彼氏側だろ」
「まあそうだな。彼女は当然怒って出ていく。だが、お前は知っている。その彼氏が決して不貞などをするような性格ではないことを」
「お前なら絶対にしないだろうな」
「…もうそれでいいよ。その後、お前は彼氏側に声をかけ、詳細を聞くだろう。最初こそ彼氏は先ほどと同じ理由を言い続けるが、お前の熱意に負けて、ポツリとこう言い放った。『医者から余命宣告を受けている』と」
「⁉」
「それを聞いたお前は理解する。別れたのは彼女が後腐れなく次の相手を探せるようにするためだと。だが、先ほどのお前の定義では、嘘は正しいことではない。さあ、お前はどうする?」
「それは……」
「お前は、その彼氏の決意を無駄にするのか?」
「そんなことできない!」
「そういうことだ。正義やら正しいことやら、そういった言葉は大抵曖昧なものなんだ」
「……」
 コイツの言っていることはもっともだ。俺は全く正義なんてものを理解してはいなかった。こんなに柔軟に対応しなければならないとは。
「…なんか、自信なくなってきた」
「いや、否定してからいうのもなんだが、お前なら正義のヒーロー、とまでは言わないが、慕われる存在にはなれると思うぞ」
「え、なんで?」
「お前、ちゃんと周りのことを考えて行動できるだろ。それも理屈抜きで。正義のヒーローなんてわけもわからん名称をつけなくとも、お前は十分周りから愛される存在になれるさ」
「お前……いいやつだな」
「何を今更」
「じゃあ正義のヒーローになるのはやめるよ。今まで通りの俺でいる」
「是非そうしてくれ」
「あ、でも、さっきの話だけど」
「さっきの話?」
「たとえ話だよ。もしお前が余命宣告で嘘ついて別れたなら」
「だからそれは俺にしなくてもいいんだが……」
「まあ聞けって。もしあのたとえ話がお前なら、俺はそれでも正直に言うべきだって言うね」
「それはまた、なんでだ?」
「だってわざとだとしても、お前が悪く言われるの嫌だから。誤解されたままで終わりにしてほしくない」
 友人は虚を突かれたような顔をした。その後、すぐにそっぽを向いて何かを呟いた。
「全く、なんとも傲慢で、愛と平和にまみれたヒーローだよ」

3/10/2024, 2:03:06 PM