アキヤ

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 俺はクラスメイトの深瀬琉生が、この世で1番大嫌いだ。
 理由は単純。深瀬は何もかもが俺と正反対で、意見が一致しない度にあっちが突っかかってくるから。
 今まで何度衝突を繰り返したか分からない。ある時はテストの点数で賭けをして自分が負けた悔しさに。またある時はクラスみんなで遊ぶ時の場所決めに。しょーもない喧嘩を繰り返しては、クラスのやつらに「琉生と勇またやってるよ」というような目で見られていた。
 喧嘩といっても殴り合ったことは1度もない。理由が理由なだけ、殴り合う必要はないし、人を傷つけるなんて度胸もお互い持っていなかった。
 ただお互いに「ちょうどいい」距離を保ちながら、「ちょうどいい」具合に学校生活を送っていた。

「なぁ、三島。俺、告白失敗した」
 そんな言葉を深瀬から聞いたとき、俺はどきりとした。
 深瀬がクラスメイトの相澤咲希を好きなことは、ずっと前から知っていた。
 深瀬は柄にもなく俺に恋愛相談をしてきて、人に散々話を聞かせた挙げ句、結局は自己解決して戻っていく。そんなことを3ヶ月前から続け、今日とうとう告白したらしい。
「何がだめだったんだろう……」
 珍しく弱音を吐く深瀬。涙目になって、それを隠すように机に突っ伏している。
「別にお前がだめな訳じゃないと思うけど。ただ合わなかっただけなんだろ、色々と」
 俺がそう言うと、深瀬はばっと顔を上げて俺を睨みつける。
「合わなかったってなんだよ。お前、けっこう応援してくれたじゃんか。なのに、なんでそんなあっさりしてんだよ」
 がたりと音を立てて椅子から立ち上がり、深瀬は俺の制服の襟元を掴んだ。身長の低い深瀬に引き寄せられて、俺は前につんのめる。
「お前、やっぱ俺のこと見下してるよな。今もざまーみろとか思ってんだろ」
 吠えるように言う深瀬の手を、俺はやんわりと包みこんだ。
「……当たり前だろ」
「――っ!」
 予想した通りの言葉を返しただけだが、深瀬はショックを受けたように息を呑む。
「人にいちいち突っかかってくるわ、恋愛相談とか言っておいて1人で突っ走って失敗するわ……。俺はそーゆーお前が大嫌いだからな」
 絶句。そうゆう表現がピッタリだと思った。
「お前の話聞いてるときも、適当に相槌打って、早く終わればいいと思ってたよ」
 眉を八の字にして、唇をわなわなと震わせて、深瀬は俺の襟を掴んでいた手を静かに下ろした。
「な、なんで……。だってそんな素振り、全然……」
 おろおろと後ずさる深瀬を追い込むように、俺は1歩を踏み出す。
 今にも溢れてしまいそうな涙を見て、俺は心の底から何かが満たされていく感覚がした。
 優越感というものだろうか。どくどくと自分の心臓を満たしていくぞわりとしたものが、どうしようもなく気持ち良い。
 俺はふと思い至る。もっと、もっとこの感情を味わうには、どうすればいいのか。
「なぁ三島、なんか言ったら――」
 深瀬の唇は柔らかかった。ふにゃりとした感触が俺の唇を通して伝わってくる。
「なっ、何して……」
 口を抑えた深瀬が俺を押す。耳も頬も、夕日で照らされたように赤く染まっている。
「俺にしとけばいいんだ」
「は?」
「お前が俺以外のやつのこと考えてたり、俺以外のやつに振り回されるなんて反吐が出る。俺はクラスメイトとしてのお前が大嫌いだ。深瀬琉生は俺のものだ」
 俺が常日頃から感じていた違和感。なんでこんなにも深瀬琉生という男が憎いのか――それは、深瀬琉生が俺のものではないからだった。
 深瀬は俺のことだけ考えていればいい。他に深瀬を振り回すものなんて必要ないのだ。
 先程感じた優越感は「深瀬が俺のことを考えて、泣きたくなるほど頭が混乱している」ということに対するものなのかと、俺は改めて気づいた。
「深瀬の方こそどうなんだ。俺が嫌いか?」
 深瀬の目を真っ直ぐと見つめる。視線がそらされ、深瀬の首は横に振られる。小さく、控えめなその動作に、俺の心臓は再びぞくりと震えた。
「三島のことは別に、嫌いじゃない……」
 呟くような、自分に言い聞かせるような、そんな声だった。
 俺はふっと頬を緩めた。深瀬が可愛い。どうしようもなく愛おしく思える。
 もっと俺で満たしたい。深瀬が俺以外のことを考える余裕を無くしてやりたい。
 止めどない欲求が、次々と己の奥底から湧いて出るのに、自分でも驚いた。
 これが恋愛感情なのかは分からない。
 重すぎる愛が、1周回って劣等感にすらなっているのかもしれない。
 けれども、分かることが1つある。
 俺はこの深くドロドロとした沼から抜け出せそうにないことだ。
No.1【優越感・劣等感】

7/14/2024, 1:03:15 AM