わたあめ。

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夕暮れ。
お疲れ様でしたー!!と、大声が学校のグラウンドに響く。
ぞろぞろと校舎へ戻ろうとする部員たち。
それに逆らうかのように、俺は自分のグローブをもう一度はめ直す。

「あれ、戻らんの?」

声の方を向くと、同じ野球部の親友が声をかけてきていた。

『おう。大会も近いし。もうちょっとやっていくわ。』

「おぉ、さすが。エース様は違うねぇ。」

エースだなんて、とんでもない。
周りより少し野球の才能があっただけでそこまで他の部員たちと変わらない。でも、そうやって思ってくれることは正直悪い気はしなかった。

だから、それに見合うように周りよりも努力するのだ。

「まぁでも、顧問も言ってたけど体調管理しっかりな?居残り練習が原因で大会出られませんでしたってなったら、本末転倒だろ。」

『あぁ、わかってるよ。』

じゃあな。と肩に手をポンと叩いて、親友は校舎へ戻って行った。


『よっしゃ。やるか。』

気合を入れ、グローブにボールを投げ当てながら練習位置へと移動した。



ガシャンッ



フェンスに的をつけ、そこに目掛けてボールを投げる。
真ん中寄りに当たればいい方だが、今日はうまく当たらない。

『くっそ。調子悪いかなぁ。』

投げる方の手のひらとにらめっこしていると、横の方からカシャ……と音がした。

誰かがフェンスに体重をかけるか、掴んでる音。
目線だけそちらに向けると、人影が見える。

黒髪でボブカットの大人しめの女生徒がいた。

やはり、今日も来ていたか。

ここ数日、居残り練習していると視線を感じる。部活がある日はほぼ毎日。
いつも彼女がこっそり見学をしているのだ。

最初は野球部に興味があるのかと見ていたが、どうやら違うらしい。
普段の部活中には彼女の姿は見かけない。
俺が自主練をしている時にだけ、現れるのだ。
自意識過剰かもしれないが、俺目当てで見学に来ているようだった。

今までは特に気にせずスルーしていたが、そう気づいてしまうと少し緊張というか、気になってきてしまう。

首だけ女生徒の方を向いてみた。
すると気づかれたと思ったのか、明らかに動揺した様子でガシャガシャとフェンスの音を立てながら、わたわたしている。
こっそり見ようとしていただろうから、慌てたのだろう。
そんな姿が愛らしく思えた。


そう、正直彼女に会うために練習しているのもあったのだ。


少しピリッと、しかしどこか温かい時間が流れた。


声をかけようと息を吸ったその時、


「おーい!!まだ練習しとんのか!!」


顧問の先生が声をかけて走ってきた。
女生徒はビクッと驚いて走り去ってしまった。

ガックリしながらも、やってきた顧問の方に顔を向ける。

『うっす。でももう片付けます。』

「あんまり無理すんなよ」


それだけ言うと校舎に戻っていった。


振り返ると、もうそこには女生徒の姿もなかった。
どうやら帰ってしまったみたいだ。


少し残念なような、とはいえ話しかけたとしても何を話したらいいかとなるので、逆に良かったかもしれない。


グローブを外し、片付けの準備をする。


明日も部活はある、俺はまた居残り練習をしよう。

そしたら。

きっと明日も彼女に会えるだろう。

#きっと明日も

10/1/2023, 9:08:05 AM