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それでいい(オリジナル)

ああ、死にたい。
売り手市場のご時世、就職活動で失敗する人は少ないと聞くが、俺は全く採用に引っかからなかった。
そこそこの大学にいるし、真面目にバイトも勉強も頑張ってきたというのに。
エントリー先が大企業ばかりなのがいけないのか?
落ち続けると己の価値低下を実感して鬱々とする。
人生、全てうまく行かなかった。
小中学校ではいじめられ、ハブられ、高校大学でも友達ひとり出来やしなかった。
禍福は糾える縄の如しなんだろ?
そろそろ俺のターンが来ても良くないか?
就職を機に人生上向くんじゃないかと思っていた。
けれど。
公園のベンチでひとり、絶望に打ちひしがれて俯いて座っていると、
「こんばんは」
声がかかった。
顔を上げると、黒いコートを着た男が立っている。
誰だろう。知らない人だ。
無視していると、彼は俺の目の前に、何かを差し出してきた。手が黒い。黒い手袋をしている。
「これ、差し上げます」
「へ?」
「人生、変えたいのでしょう?」
俺は思わず彼の手から細長いものを受け取っていた。
「人生、死ぬ気になれば何でもできますよ」
手にした物は果物ナイフのようであった。
「これは特殊なナイフでして。こう、頸動脈を切ると生まれ変わって、人生やり直せるんです」
「は?」
「まぁ、信じるも信じないも、貴方次第です。では」
彼は鼻歌を歌いながら去っていった。
満月の月明かり。周囲に人気もない。
薄っすら靄がかかっている。
何だか夢でも見ているみたいだった。
ぼんやりしてしまった。
俺の手には果物ナイフ。
俺はそれを鞄にしまい、トボトボと家路に着いた。

ああ、本当に死にたい。
家族からも呆れた顔をされた。
そんなだから就職できないのだと詰られた。
就職できなくても家を出ろと言われる。
どこからも、誰からも必要とされていない俺。
そのままの俺で良い、それでいいと言ってくれる人間は過去も今も皆無だった。
自分が捻くれた思考をしてたり、色々人と違っていたり、感情の起伏が抑えられなかったり、悪い所が色々あるのは知っている。けれど今更変えられない。
人生やり直したい。
俺は鞄から果物ナイフを取り出した。
これは神様からの贈り物だったのかもしれない。
あの黒ずくめの男は人生をやり直したい俺のために地上に遣わされた堕天使だったのかも。
ゲームのリセットボタンを押すように、これで人生をやり直す。
俺はいくらか躊躇った後、勇気を振り絞って己の頸動脈を切り裂いた。
(やってやった!!)
噴き出す生温い己の血のシャワーを浴びながら、俺は希望に満ちた気持ちで事切れた。


警察や少しのマスコミ、近所の人が集まる中、私はその家の前の道を通り過ぎた。
「何かあったんですか?」
スウェットを着た、明らかに近所の人らしき人に問いかける。
「昨夜救急車と警察が来てね。どうやらここの家の長男君が亡くなったらしいんですよ」
近所の人はスマホで非日常を撮影しながら言った。
「しかも、部屋が血だらけで。自殺らしいって」
「そうなんですか」
「いやーお気の毒だよねぇ」
全くそんな風に思っていないのが丸わかりだった。
「それは本当に」
私は、善意の他人、同情している風を装って答え、その場を後にした。
十分に現場を離れてから、ニンマリと微笑む。
(まさか本当に信じるとはね。怖い怖い)
私は堪えきれなくなって、クツクツと笑った。
(追い詰められた人間が一線を越える手伝いをするのは楽しいな)
今度はどんなお遊びをしようか。

4/4/2026, 12:26:38 PM