冷気はガラスのように鋭い。世界がそういう膜に覆われてしまっているみたいな、何とも言えない甘い絶望感。
ぼたぼたとした雪。
マフラーの隙間から白い息がぶわっと空気になじんでゆく。渡されたスープの入ったマグカップがじんと掌から内部にじんわり。
高い位置に座する我が家。
銀色に包まれた世界がよく見渡せる。
「んふ、こういうのがしたかった」
「……寒いのによくやりますね」
「あのね、付き合ってくれてありがと」
「ええ、まぁ」
べランダの手すりの雪を落とし、まるでスノウビュウの展望台。
はぁーっ、はぁーっ、と白い息を遊ばせて。霧散してゆくのが楽しいと何度も。
悴んできた手を結んでは開く。「さむい! くぴくぴする!」聞き慣れない表現をするあなたはとても楽しそう。
まるでこども。
浮遊する濃密な雪片の塊り――牡丹雪。
切れた雲間から陽が降りてきて、まんべなく白く見えていたのがうすら青を帯びている。キラキラと水分が遊色を放っているのは、純粋にとてもきれい。
腕や手に到着した雪をよくよく見れば、見事な六角形。
「見て! みてみて、顕微鏡なくても見えるんだね! すっご、イラストとかでぜんぜん見たことない形してる!」
「温度と湿度で種類が変わるそうですよ」
「え~、今から他のところ行って裏付けしたい」
「冗談を」
種類がぜんぶで121種類あるのは伏せておきましょう。……すべて見たい、と飛び出しかねない。
「あ、除雪車」
「融雪剤撒いてますね」
「もったいない」
「安全のためですよ。過ぎれば毒です」
「んー……ね、除雪されたところ、茶色じみてきれいじゃないよね」
「土とか汚れが雑じっているんでしょう」
「あっち見て。人通りがないから、雪かきされてないところ。真っ白で足跡もなくて、んふ、入っちゃいけない聖域みたい」
「すてきな語彙力」
大きな目を細めて、口角が上がったあなたのお顔。頬の筋肉がぷくりとして。寒さで赤らんだ肌が、まるで照れているみたい。
……あなたが羨ましい。こんなにも感情豊かに、それを表に出してしまえるなんて。うらやましくて仕方がない。
思わず潰してしまいたくなる。
「ちめたいッ‼」
大げさに仰け反る。
まだあたたかいスープのマグを頬に寄せた。「なんなのさ」、プギーと鳴いて。
「ふふ、あまりにも……いいえ、わたくしの秘密にしておきます」
「えー? きみにその感情あげたのはぼくなのに? ぼくに言わないつもり?」
「おや、わたくしの感情を手に入れたつもりで?」
「んふ、そうだよ」
へら、と笑うあなた。
「だからね、雪にもぼくの感情をね、あげるの」
「感情をあげる、ですか」
「うん。また降ってね、きれいだよ、でもこわいことはしないでね。って。そうするとね、ぼくも気づくの。雪に対してこんな気持ちなんだなぁって。それで、また好きになるんだよ」
愛おしそうに眺めるあなたの横顔。鼻のてっぺんが赤くなって、寒そう。けれど、耀うひとみはまばたきすら惜しそうに。
何を想っているのでしょうね。
わたくしも、何か言葉にしてみたくて――――やっぱりちょっと気恥ずかしい。
だから、ありきたりで誰もが言う言葉を隠れ蓑に。
「きれいですね」
雪の結晶がふわりとあなたのお顔にキスをして。
#雪
1/8/2023, 4:32:17 AM