道端にコンニャク落ちてた

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テーマ:『木枯らし』




 寒風ふきすさぶ北の大地。陽の温もりを感じさせない曇天のなか、禁忌の森の奥地にその男はいた
 そこにはひときわ異彩を放つ大木があり、男は虚ろな目でそれを見上げていた。

 
 「やぁ。元気かい」


 掠れた声で男は言った。
 村人達が恐れる大木―――“誘いの木”に向けて。

 突然、男は視界が揺れる感覚に襲われた。酷い吐き気を催したが、視界が安定するまでなんとか耐えた。

 すると、誰もいなかったはずの男の目の前に女がひとり佇んでいた。
 その姿は俗世とかけ離れた美しさを秘めていた。
 歳は16ほど。輝くように白い肌と腰まで届く黒絹の髪、幼さと同時に妖艶な雰囲気を漂わせる女は、正面の男を見つめては妖しく微笑んでいる。

 「今日もいらしてくださったのですね」
 
 淡桃色の唇が小さく開き、魅惑の声音が男の耳をくすぐる。それだけで男は絶頂した。初めてその姿を目にしてから毎日こうして会いに来ているわけだが、その度に新鮮なな驚きがある。嗚呼なんて美しさなんだ、と。
 見慣れる気配すら感じられないほどに強く心を奪われてしまったのは、それだけ女に惚れてしまったからなのか。はたまた妖術にでもかかっているのか。
 いずれにせよ、それは男にとって重要なことではなかった。今こうしてその女の存在を感じられることに幸福を覚えていたからだ。


 しかし、と女は言う。

 「私は冬を越えることが難しいようです。もしかすると貴方に会えるのもこれが最後かもしれません」
 
 「そんな……!」


 男は凍った思考を無理矢理うごかし、あらゆる策を提案する。村中の毛布をかき集めて暖めよう。村の食糧庫から食べ物を持ってこよう。
 だが提案する度に女は首を振る。哀しく微笑みを維持したまま、それでは駄目なのですと。

 男は諦めなかった。何か方法はないものか考え込む男に向けて、ひときわ艶めかしく女は言った。


 
 「もし、貴方がそばにいてくだされば、この冬は寒い思いをせずに済むかもしれませんね」


 「……!!」


 
 男が竦んだのは甘い言葉にやられたため。女の目の奥に恐ろしい光が宿ることに気づきもしなかった。


 「あぁ居るともさ。冬を越えるまでと言わず永遠にでも!!」


 「ふふふ。嬉しいです。」


 
 瞬間。冷たい風が吹き荒び、大木の葉を毟り取る。
 すると、女は笑みを浮かべたまま霧のようにすうと消えた。

 禁忌の森でまた一人になった男だが、その場から動こうとはしない。あの女と約束したのだ。ずっとそばにいると。

 
 風が吹く―――
 周囲では木々が生き物のように揺れている。

 風が吹く―――
 男の体温がじりじりと奪われる。

 風が吹く―――
 誘いの木は静かに佇んでいる。



 またひとつ、葉が落ちた。


 
 

1/19/2023, 12:38:33 AM