かたいなか

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「エモネタ多い気がするこのアプリだけど、何気に『奇跡』とか『運命』とかは、3月から今までならコレが初出だったのな……」
まるで、何度も引いてSSRは揃った常設ガチャの、何故か1枚だけ出てこないSRのようだ。某所在住物書きは過去投稿構分を辿り、今まで一度も「奇跡」が出題されていなかったことに気付いた。

「俺としては『もう一度奇跡』なんざ、10年前の例の、『あと一度だけ』から始まる歌と、それこそソシャゲのリセマラよ。
必要SSR2枚抜き。確率約0.05%が2枚。ほぼ奇跡じゃん。……『奇跡をもう一枚』よな」
まぁ、結局挫折して妥協したけど。物書きはポツリ、呟いてスマホをいじる。

――――――

酷い低確率のポジティブな現象が、己のまったく期待せぬ状況で発現することは、「奇跡」と評しても良いのではなかろうか。

最近最近の都内某所、某アパートの一室。
部屋の主を藤森というが、朝食と、スープジャーに詰めて職場へ持っていく昼食としての、オートミール入りのポトフを、

「……何を入れた……?」

作ったのは良いものの、
仕事で少し蓄積し始めた疲労と、それに起因する寝ぼけ眼で調理して、
そろそろ使い終わるであろう調味料を、処分のためにポイポイ目分量で投入したところ、
これが藤森の味覚に超絶ヒット。
「コンソメと、コショウは確実に入れた。
……どれだけ?どの程度?」
藤森は、後日同じ味を再現したくて、懸命に調理工程を思い出そうとするが、
「コレ入れれば美味い」をつまんで振って、落として入れて。入れた種類はギリギリ分かっても、入れた分量が出てこない。

「……しちみ?」
スープをひとさじ、すくって味見用の小皿へ。
舌にのせた黄金色は、入れた記憶のない少々のスパイスを伴っていた。

諸事情により、10月末で部屋を引き払おうと考えている藤森。
キッチンの調味料を今月で使い切り、退去時の荷物を軽くしようと画策している。
他者に提供する料理であればいざ知らず、それこそ丁寧に丁寧を重ねた調理と調味にもなろうが、
自分ひとりで食うものなど、それこそ自分ひとりが納得できればそれで良い。
そろそろ無くなりそうな粉があれば優先的にブチ込み、あと1回使えば容器を捨てられる顆粒があれば問答無用で放り込む。

それが今回は良くなかった。
分量不明と分量不明が、煮込んだ野菜と肉の出汁に対して、ああなってこうなって、どうなって。
一部カオスなランダム要素。これを忠実に再現するのは、まさしく「奇跡」の2字であろう。
なにより寝ぼけた頭と、「所詮自分単独」の大雑把で作ったメシとあっては。

「だめだ。わからない」
分量不明と分量不明。それから野菜と肉とオートミール。この確率的奇跡をもう一度。
藤森は悩んだが、結局時間内に解は得られず、
味覚の幸福とレシピの悶々が午前中ずっと残る結果となった。

昼休憩、イタズラに藤森のポトフをひとくち盗んだ、長い付き合いの後輩は、
「メッッッチャ奥の奥に、メッッッチャかすかにウスターソースの味がする」
と申告したが、
そもそも藤森の今のキッチンに、ソース類の在庫は無い筈である。

10/3/2023, 2:30:28 AM