「鳥かご」
主のいなくなった鳥かごは当たり前だが空っぽだ。朝起きたら動かなくなっていた。緑色のセキセイインコ。父が私にくれた。
タクシー運転手の父が朝帰宅すると手に鳥かごを持っていた。かわいい声でさえずるその子はぴーちゃんと名付けられ我が家のアイドルになった。
どういうわけで怪我をしたのか、まだ幼かった私にはわからない。足を引きずっていたので父が病院へ連れて行った。帰ってきたらギプスをしていた。
そんなときに父が入院して手術をすることになった。手術室に入る前も出てからも、ぴーちゃんのことを心配していた。なのに…
動かなくなったぴーちゃんを手のひらに乗せた。すごく軽かった。「お父さんの病気を持って旅立ったのかな」と母が言う。父になんて言えばいいんだろう。ぴーちゃんが死んでしまったことより、父が悲しむことのほうが私には悲しかった。お世話が足りなかったんじゃないかと自分を責めた。
退院するまで言えなかった。家に帰ってから父に話した。空っぽの鳥かごを見せて「ごめんなさい」と言った。父は私の頭をぽんぽんした。それだけだった。
あの鳥かごはいつの間にかなくなり、他の鳥が入ることはなかった。
その父も旅立った。あれから父は50年以上生きた。穏やかに眠るように逝った。寝顔のような穏やかな顔。昨日は返事をしてくれたのに、もう何も言ってくれない。
間に合わなかった。午前4時、急変したと病院か連絡があり急いで駆けつけたが、父の心臓はもう限界だった。ありがとう、お父さん。最後にそう言いたかったのに。
7/25/2024, 8:54:02 PM