Open App

カツッカツッ、杖を使いながら暗闇をただ歩く。
いつものように耳から下げた鈴の音を頼りに障害物を避け、人を避ける。
そして街の外れにある安い雑貨屋で日々の生活用品を買い求める。
それが私の日常だった。
常に暗闇にいる私はかつて貴族であったが世間体を気にした親が私から貴族の称号を剥奪し、今はただの根無し草である。
音だけしかない私の世界では碌な暇つぶしもできずにただ遠い日の思い出を振り返るだけである。
今日、思い出したのは自分が貴族であった頃の記憶だった。華やかなパーティーで私は美しい音色に耳を傾けながらウェイトレスが持ってきたワインを飲んでいた。既に全盲だった私は親をはじめとした貴族から疎遠にされており、誰とも私は踊ったことがなかった。
その日も同じだろうと思って自分から誘わずに傍観を決め込んでいた。
そんな私に誘いかけてくれた人がいた。
顔もわからないし装いもわからない。
ただラベンダーの香りと鈴を鳴らすような綺麗な声だけ覚えている。
そんな懐かしい日を思って私は1人乾杯した。

10/5/2024, 11:00:50 AM