天津

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こんな夢を見た

幼い頃から夢というものが分からなかった。
こんな夢を見た、と友人が嬉々として語る夢の内容は、多くが奇妙で脈絡がなく、因果や物理法則が弾け飛んでいた。時として走れなかったり、声が出なかったりするように、身体の操作がままならないことも多々あるようだった。
そして何より、短編集のように毎度違った夢を見るという。
私は眠ると、少年の身でベッドから起きる。ときに二度寝しつつ部屋を出て、階下へ下りると母親が朝食の用意をしてくれる。朝食を食べて支度をして登校すると、7時間の授業があって、昼食を食べる友人がいて、放課後の部活動がある。暗い下校路を仲間と談笑して帰って、くたくたの身体で風呂や夕食や課題を済ませて、ベッドでぐずぐずとスマホをいじった挙げ句に眠る。そして私は目覚める。
「それってどっちが夢なんだろうね」
私の席の横で、椅子の背もたれを抱えるようにして座る友人が言った。私は黒板の方を向いたまま毅然と答えた。
「それは、私の意識だけが連続しているんだから、私が現実だよ」
「あっそう」
あまりの素っ気なさに拍子抜けした。
「訊いておいてその反応なの」
「あっそう」
「ふざけてるの」
「あっそう」
「…え?」
「あっそう」
信じられない思いで友人の方へ向き直ったそのとき、友人の顔がぼやけて見えた。というより、見えなかった。
あれ、どんな顔立ちだったっけ。
浮かぶはずのない疑問がよぎる。しかしわだかまりはそれだけではない気がする。今は何時だろう。いつ授業が終わったんだっけ。外が赤いから放課後だろう。夕日はいつから沈まないのだっけ。ここは教室であっているのか。私の席の他に、もう一つしか椅子のない部屋。私はどうやってここへ来た。今日は何をしていた。彼女は何者だ。私は何者だ…?

「おはようお嬢さんよく眠れたかい」
勢いよく上体を起こしてベッド横の姿見を見ると、目を見開いた少年の顔、というか自分の顔があった。
「私男になってるー、と言わんかね」
友人の声の方を振り向く。
「言わない」
「それは良かった」
実験は成功だ、と頷いた。
右耳から円筒形のデバイスを外して、しみじみと眺める。
現実を夢見心地にする装置だ、と告知されていたが、まさか夢そのものに塗り替えられるとは思わなかった。友人が言うには、上位の意識を作り出し切れ目なく重ねることによって、現実のほうを夢と勘違いさせるという仕組みらしい。まったく恐ろしいものだ。果たして、一度作られた上位の意識はどこへ消えたのだろうか。仮にもわれ思う主体として存在していたのだ。それは魂とも呼べる代物ではないのか。
「ねえ、これって副作用とかないよね」
「さあ」
「さあってなんだよ適当だな」
「さあ」
さすがにちょっと不謹慎だと思った。
「その冗談怖いからやめてくれよ」
「さあ」
「…ねえ」
「さあ」
舐め腐った態度に苛立って肩を掴もうとした。そのとき、ぐわりと視界が滲んで揺れた。

2023/01/24

1/23/2023, 7:21:25 PM