名無しの夜

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 君のためなら何でもできる。

 ……本気で、そう思っていたよ。


両腕で抱きかかえられるほど小さかった頃は、君が欲する物が何かなんて、的確にわからなかった。

あげられるものは、ほんのわずかで。

君が欲しがる物も、少なくて。

当てはまらず泣きじゃくる君に途方に暮れきって疲れ果てた時間は、思い出したくもないけれど。

それは君のお仕事だったんだから、仕方がなかったね。


どんどん大きくなって、意志の疎通が取れるようになって。

……いや。
言葉は通じても互いの意思疎通は、はかれてなかったや。

とんでもない欲求を押し通しされ、うんざりしきって諦めるしかなかったことも——笑い話にもならないようなことも多くて、これまたあまり思い出したくないな。


やっと我慢や常識、良識を覚えてくれたかなと思った頃には、反抗期的な自己欲求の押し通しが始まり。

この時代は、さすがに『パパ』が叱ってくれて本当に助かった。

……暴れる子じゃなかったけれど、パワー系父子の相撲みたいな押し合いへし合いで家が壊れるのではと思ったのも、この頃だ。


趣味やその時の遊びまでは、全部満たすなんて到底無理だったけれど。

スポーツや進路は、出来うる限り、取り組めるよう努力したつもり。

感謝してると言ってくれたから、及第点はとれたのだと思う、多分。


本人なりに、悩むことはもちろんあったのだろうけれど。

私のように、大きく病むことは、なかった模様。


君が就職して、ああこれで一段落ついたんだな、と。

ホッとした、矢先。


「あのさ〜。
 初給料全額ガチャに突っ込んで爆死したから、明日から弁当と夜ご飯、用意してくれ」


 ——ハァ!!?


仲間とついノリでやっちまった、じゃねぇわ!!!

初給料つったら、花束くれたりしてもいいんじゃないの!?

別になくたっていいけど、そーゆーのもあるかなって夢見ちゃてましたよ悪い!!?


それが、何?

ガチャ!?

おまフザケンナよ!!!


何で今更、ご飯1日10合炊き、おかず約6人前分作るような時代に戻らにゃならんのよ!!!

中高生の時よりだいぶ減ったけどなーって、そういう問題じゃないの!

こっちだってその分、年くってヘタれとるんじゃ更年期障害ナメてんじゃねーぞっっ!!!


ホントに、フザけんじゃねーぜ、ですわ。


「ヒデェ、俺のこと可愛くねーのかよぉ」

……じゃありません。

いつまでも何でもしてあげるお母さんでいてたまるかって話。

しっかり自活して生きていってくれなきゃ、君だってゆくゆく困ることになるんだからね!


これだって愛だと思うの。


愛しているから何でもやってあげるなんて、ただのダメ人間製造機だと私は思う!!!


——あう、これじゃ表現悪いな。難しい。



「猫には何でもしてやるクセに」


……お猫様と比べるんじゃないよ、おこがましい。

あの子達の可愛さに並ぶわけないでしょ。
そもそも基準というか指標というか——が、違うのだし。



ああでも、そうだね。

猫ちゃんやふわふわな子達のためなら、何でもしてあげたい……、けど。


やっぱり——できうる限り、になってしまうな。

だって、自分が倒れたら猫ちゃんやふわふわな子達が困ってしまうから。

自分が倒れないことを前提にすると、『何でも』とは言い難いな……。



すべてを捧げるなんて、自活できる『人』に対してしか出来ないことなのかもしれないね。


そんな対象に出会えるのは——幸か不幸か。


散々自我を叩き潰されてきたせいか。
自分で必死に自我を何度も再構成した私は、もう誰にも殉じたくない気持ちが強すぎるのかもしれない。


『愛する対象のためなら何でもできるよ』


もし、そんな言葉を躊躇なく言える人と出会ったら。


……かつて若かった日の自分を見るように、思うのかな。

感動するのか、ひいてしまうのか。

想像、つかないなあ。


まあ愛、は。

何かしてあげることだけのものではないものね。

そんなことでは、はかれないから、愛なのでしょう。


私の、結論は。


『愛があっても、何でもは、できない』


これで、いーのだ。

5/17/2024, 6:42:08 AM