きゅうり

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19歳になる年。つい3ヶ月ほど前までは高校生で、未熟やら、まだまだ子供だとか散々言われた。
それなのに、1つ歳が変わって、立つ立場が、環境が変わったと思えば突然大人になれと急かされ始めた。

うちは昔から裕福とは言えない環境で、私には下にまだ妹も弟もいた。そもそも、家がここまで貧乏になったのは血も涙も通ってないような暴力クソ親父が負の根源であって、朝から晩まで必死になって働く母を見てたら、口が裂けても進学したいだなんて言えなかった。

アイツの元から離婚という形で逃げきれた今でも、母はお金の面で苦しみ続けている。
これ以上、私は母の重みにはなりたくなかった。

だから、進学してもいいのだと言う母の言葉を振り切って、私は高卒という立場で上京して、働き始めた。

―――責任なんて言葉が毎日のように私の肩にずっしりと乗って囁き続ける。
「早く大人になれ、もう高校生じゃない。お前は立派な大人なんだ。」と。

必死でやってるつもりなのに、仕事では小さなミスを起こしてしまう。
頭と体が別々みたいで、毎日パンクしそうで息苦しかった。

最近だって、職場で母のことを話す時につい"ママ"と言ってしまって、
「鈴木さんもう子供じゃないんだから"ママ"呼びは辞めなさいね」
なんてことを上司に、軽く笑いながら言われたばっかだった。

些細なことにですら、自分がまだまだ子供だということを思い知らされるようで嫌になる。

新しく私の家になった一人暮らしの部屋で休日はどこにも出かけることも無くそんな風に、悶々と悩む日が続いたある日、私は憂鬱な今日この日、日曜が母の日であることに気づいた。

全くの失念だ。
毎年、母の日には感謝の意を込めて贈り物をしていたというのに。

時刻はもう23時を回っていて、今日中にプレゼントを渡すなんてことはもう不可能なことに気づいた。

せめて電話口でありがとうぐらいは言おうと思い、携帯をとると、偶然にもタイミング良く母から電話がかかってきた。

「もしもし、お母さん?」
『美奈?最近連絡ないけど大丈夫?元気でやってる?』
「あぁ、ごめんね、忙しくてなかなか連絡出来なかったや。てか、ちょうどお母さんに電話しようと思ってたんだよ」
『えぇ?なんかあった?』
「違うよ、母の日だよ」

こんな時だって優しい母は、子供のことばかりだ。母の日まで忘れるなんて。私は思わず笑いながら言う。

『あぁ、そういやそうだったねぇ。すっかり忘れちゃってたわ』
「私も忘れてたんだよね。ごめんね、いつもありがとねお母さん」
『あらあら、改まっちゃって。なんだか照れ臭いわね』

電話越しからでも柔らかく笑う様子が分かる。

『でも、美奈。あなた大丈夫なの?』
「えぇ?私?」

大丈夫って、なんだ?心配されるようなことはしてないはずだけど。

「大丈夫だよ?」
『でも、声に元気ないわよ。それになあに?"お母さん"って、いつもママって言うじゃない』
「あぁ、そんなこと?なんか、ママって子供臭いじゃない」
『なによぉ、子供臭いって。私にとってあなたはいつまでも私の子供よ』

やけに真面目な声でそういう母の言葉に冗談は混じってない。私はその言葉に不意にカッと目頭が熱くなるのを感じた。

「そっか、私はいつまでもママの子供かぁ笑」

照れ隠しに笑ってみるけど声は震える。
電話越しでも少し泣いてることがママには伝わってそうだった。

『そうよ。あなたはママの可愛い子供よ。だから、苦しい時は何時でもいいなさい。どんな時でも駆けつけてあげるわ。』
「はは、それってなんだかヒーローみたいだね」
『母親ってのはそうでなくっちゃ』

その言葉を聞くと私は涙を止めるすべを無くしてしまった。
しばらく、声を殺しながら泣く私に、ママは焦って声をかけるわけでもなく、ただただ、優しく"大丈夫"だと声をかけるだけだった。

あぁ、どうしよう。母の日だって言うのに、いつの間にか私の方が救われてしまっている。

涙が止まらなかった。大人になりたいと思い続けていたこの数ヶ月だったが、私は今この時は、一生ママの子供でいたいと願い続けてしまう。

なんの因果か、今年の母の日は、感謝を深く伝えることは叶わず、母の優しさと温かさを思い知らされる、そんな不思議な日になってしまったのだった。



―――大人になりたい
お題【子供のままで】

5/12/2024, 2:58:33 PM